065 96.09.23 「いい天気」

 ああ、とってもいい天気だった。
 今はもう、どうでもいい天気。雨はもうあがって、風はぱったりとやんでしまった。夜空には雲もなく、星が輝いている。風の音のかわりに虫の音。劇的。気象の不思議。あの破天荒は、いったいなんだったのか。
 ゲイムは終わり。さよなら台風17号。
 テレビに映る気象図を見ると、彼は今、宮城県沖にいるらしい。
 いい天気というと、それは晴れということになっていて、べつにその見解に異議をさしはさむつもりはないけれど、私の個人的なたぶん大方の同意を得られない意見では、晴れはとりたてていい天気ではない。晴れは晴れだ。単に、晴れている。それだけ。よくもわるくもない。ただ、すごしやすいに過ぎない。
 台風はたいへん好きだ。好きなので、それはいい天気だ。大雪なんかも好きだ。要するに、日常生活が乱れざるをえない天候が好きなのだ。もっとも、こういう天候はたまに訪れるから興奮するのであって、毎日台風がきたら台風なんか大嫌いだと声高に叫ぶことになるだろう。わがままじゃない人にはまだ会ったことはないが、私も例外ではない。わがままは、あなたと私の属性である。
 日中は、あてもなくクルマを走らせていた。よせばいいのに、やめられない。ついふらふらと外出してしまう。見慣れた光景が一変しているのが面白い。申し訳ない。面白い。
 稲刈りが終わった田んぼは、のきなみ湖と化している。畦は冠水し、一面が水面となっている。道路さえ見当たらない。電信柱を目印に湖を渡る。周囲はすべて水面。はらはらしながら加速する。どこかへ行かなければならないわけでもないのに、無意味にクルマを走らせる。愚かとしかいいようがないが、それを自覚しているだけましだと言い聞かせながらアクセルを踏む。横殴りの風雨に車体が揺れる。道路が陥没していて、そこにはまったらもはやなすすべもない。そろそろと、水を掻き分ける。
 なんでこんなことをしているのだろうと、考える。わからない。理由は常に、行動には追いつかない。
 市街地にも行ってみる。商店のシャッターは閉まり、人影が少ない。看板は倒れ、街路樹の折れた枝が路上に散乱している。ばきばきとへし折りながら走る。ところどころで側溝から雨水が溢れている。気持が昂揚する。
 わかってます。この台風で困っているひとがたくさんいることはわかってます。ああ、でも、興奮しちゃうイケナイ私。
 その後も、いろいろなところを巡ってしまった。利根川の増水状況をつぶさに観察し、かねて目をつけておいた崖の崩壊具合を視察し、低地にある住宅の浸水の危険性を精察した。なんのつもりであろう。自分ではわからない。
 以上は、昨夜に書いたもの。
 ぐっすり眠って昼頃に寝覚めると、すがすがしい青空だ。思わず、深呼吸。気持がいい。空は高く、大気は澄み渡り、近所の小学校から運動会らしき音が聞こえてくる。昨日の予定が今日に順延になったのだろう。観に行ってみようかな。
 それにしても、なんていい天気なんだろう。
 言ってることが昨日と違うが、ま、人間、こんなもんです。

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