046 96.07.02 「ひとつの時代」

 ひとつの時代が終わった、とは、著名人が亡くなった場合によく聞かれる常套句だ。つまり人間の生命の数だけ、ひとつの時代が存在するのだろう。私が死んだ際にも、葬儀の列席者にはぜひともこの定番フレーズをつぶやいて頂きたいものだ。笑いながら、ね。
 昨日もまた、ひとつの時代が終焉を告げた。キリンラガービールがついに盟主の座から滑り落ちたのだ。アサヒスーパードライに抜かれてしまったのだ。42年の長きに渡って君臨してきた売り上げナンバー1の指定席をとうとう奪われてしまったというのだ。6月の月間販売数量というのが問題の数字。いかんよなあ。ラガーが首位を明け渡すのは、まあ、感慨はあるがべつにかまわない。これまでが異常だっただけだ。代わって登場したのがスーパードライってのがいかん。
 私が憤ってみてもしょうがないが。
 いやあ、スーパードライは好きじゃなくて、ねえ。いじきたないから、出されりゃ飲むけど、もちろん。
 ラガーは苦戦してたもんなあ。あの「生」化で、ゆるやかな自殺の道を本格的に歩み始めたわけだけど、最近の広告展開では「苦味」なんて言葉を持ち出してる。「くみ」ってフリガナが振ってあるのが哀しい。「苦くないビールなんてビールじゃない」って、どうして開き直らないんだろう。どうせシェアは落ち込む一方なんだし。「ビールは味だ」なんて、ぼやけたコピーを振りかざされてもなあ。
 しかしようやく挑戦者の立場を手にしたのだ。これからは「おやじビール」としての立場を明確にしようではないか。「おとうさんにならないと味がわからないビールがあります」といった方向で独自の存在感を示して頂きたいと思う。メインキャラクタは緒方拳できまり。コピーは、「火遊びは終わりです。やっぱりここに帰ってきました」うぐうぐうぐ、ぷは~っ。
 そんなむちゃくちゃな比較広告はやらねえか。ま、がんばってくださいよキリンラガー。私はエビスとかサッポロ黒ラベルあたりを飲んでますから。ゑへへへ、つれない奴ですまん。
 キリンラガーが似合う情景がどんどん少なくなってる。夏の夕暮れの縁側で、竹ざるに茹であがったばかりの枝豆がてんこ盛り、うちわ片手にビールを注げば、乾いた縁側にくっきり残る丸い跡。みたいな情景は、寿司の折り詰めをぶらさげて深夜の通りを千鳥足で歩く酔っぱらいのように、架空の存在になりつつある。しょうがねえよなあ。あれは夢だったのだ。
 今夜はキリンラガーの瓶を買ってきて、ひとつの時代をそっと見送ってあげようかな。枝付きの枝豆も出回り始めたことだしね。

←前の雑文へ目次へ次の雑文へ→
バックナンバー 一覧へ混覧へ