023 96.05.18 「皐月の寒い夜に」
「ねえ、あなた、明日も寒いと思う?」
うむ。寒そうな気もするが、わからん。それにしても、5月とは思えないな。
「コホン。わたしは、ほんじつ、気候と家計の関連について舌鋒鋭く論じてみたい、と、思っているわけなのです」
いきなり家計が出てきたか。
「この不順な気候によって、御存じのようにファンヒーターが稼働しているわけです」
存じてます。
「一方、灯油のポリタンクが空であるという現状にも、わたしたちは目を向けなければなりませんっ」
まあ、次の冬までは購入することもなかろう。ちょうどいいんじゃないか。
「わたしもそのように事態を軽視しておりました。しかし、そのような楽観論は放棄せざるを得ない状況となったのです。事態は急変しました。わたしたちは、ただちに決断せねばなりませんっ」
なにを決断するの。
「今この瞬間にファンヒーターのスイッチを切るかどうかという、誠に重い決断です。わたしたちは今、岐路に立たされております。冷徹に未来を見通し、切迫した現実を直視し、自らの全存在を賭してこの過酷な選択に立ち向かうことこそ、急務といえましょう」
ええと、それはつまりファンヒーターの燃料タンクが空になるのも間近、ということなのかな。
「いかにも。いかにも、その通りです。よくできました」
誉められちゃった。
「さあ、いかがいたしましょう。可及的速やかな御決断をっ」
そう、急に迫られてもなあ。灯油だけに頼った暖房生活は失敗だったかなあ。
「悠長に過去を振り返っている場合ではありません。もっと寒いかもしれない明日に備えアリとなるか、明日のことを考えるのはやめてキリギリスとなるか。さあさあ」
今夜は灯油が尽きるまでヒーターをつけておいて、明日になったら灯油を買いに行く、というのはどう。
「無駄です」
にべもないなあ。
「この寒さが長くは続かないことは明らかです」
そりゃそうだけどさあ。
「さあ、決断の刻です。果断なる御措置を」
あのさあ。
「はい」
おれ、どっちでもいいや。
「は」
よく考えてみたら、そんなに大した問題じゃないし。
「それでは、わたしが決断してよろしい、と」
うん。
「わたしの決断に従う、と」
いいよ。
「異議は唱えない、と」
となえませえん。
「わかりました。それでは、明日のために、ただちにファンヒーターを止めましょう。すると、寒くなります。寝ましょう。布団のなかに入りましょう」
おれ、眠くないけど。
「それは好都合です」
あっ。
「ゑへへへ」
そ、その展開は、読めなかった。
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