022 96.05.11 「佐賀の逆襲」

 「ネコを上回る切れ者と評判を呼んで」しまったのは、佐賀県三養基郡在住のシベリアンハスキー、テツである。本日の毎日新聞が「くわえてくるならボクの方が得意」という、なんともはや味わい深い見出しでそう報道している。大口を開けた御本犬の写真入りだ。雄・4歳のテツは、現金46万円入りのバッグを拾得したのだそうである。まいったなあ、評判を呼んじゃったかあ。評判を。ネコを上回る切れ者だって。切れ者ときたかあ。切れ者。いやあ、自然に口元が緩んでしまうな。
 この記事は書き出しからして埼玉県及びネコへの対抗意識が過剰で、全体的に妙におかしげな雰囲気が漂っている。のっけからいきなり「埼玉県ではネコが16万円入りのビニール袋を見つけたが」と、きたもんだ。比べてどうする。後半では「ついに“口”にした成果は、埼玉のネコが拾った額のざっと3倍」という記述もある。埼玉県民と愛猫家を挑発しているかのようだ。
 もっとも、佐賀サイドの気持もわからないではない。「テツがバッグを見つけたのは先月10日のこと」なのだ。「埼玉のネコ」より前のことなのだ。こちらの方が先に話題になってしかるべきだったのだ。しかし佐賀県警広報担当の不見識か、はたまた佐賀支局社会部の怠慢のせいか、テツの拾得事件に誰も関心を払わなかった。「埼玉のネコ」が鮮烈なデビューを飾るまで、佐賀サイドでは誰もこの事件の持つ価値について考えることはなかったのだ。初戦の敗因はこのあたりにあろう。それにしても「埼玉のネコ」と繰り返して書いていると、もはや固有名詞のような気がしてきたな。
 記事中には、他にも味わい深い記述がちりばめられている。テツは「これまでにも空き缶やティッシュ、菓子の袋などをくわえて持ち帰ることはあった」そうである。単なる馬鹿犬ではないか、とも思える。しかしそうではないのだ。テツは「1年近く現場周辺を用を足しつつかぎ回」っていたのだそうである。地道な蒐集活動には、なにやら大望があったようなのだ。そう読み取れる筆致なのだ。いつの日か大物を拾得する確かな予感がテツにはあったに違いない。ねえか。用を足してるようじゃ。
 この記事は周囲の感想をも伝えているのだが、その書きっぷりがこれまた奇妙だ。まず、「家族」の証言。「こんなに役に立つものは初めて」。ついに犬がしゃべったのか、こっちの方が大ニュースではないか、と思ったが、どうやら違うらしい。これはテツ自身の家族ではなく、飼主ということのようだ。犬には現金が役に立つとも思えないので、きっとそうだ。バッグを届けられた鳥栖署員は「あの粘りは見習わんと」と「感心している」そうである。一個人の軽口をいちいち報道するなよう。ま、これはこのテのほのぼの記事に共通するフォーマットだが。
 さて、問題は今後だ。3匹目のドジョウを狙う人々の戦いが注目される。金銭を拾得したペットは有名になるという共通認識が、本日をもってめでたく誕生したのだ。「ウチのミ~コちゃんは145万円も拾いました」とか「いや、ウチのポチなんかは248万円です」などといった声が、本日以降、全国津々浦々から関係各機関に通報されるのだ。金銭闘争の他にも種族闘争が考えられる。「ウチのは8万円しか拾ってないんですけど、こいつが実はアライグマなんです」その他、ネズミ、ウシ、トラ、ウサギ、リュウなど。
 みなさん自腹を切るのでたいへんである。

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