004 95.11.08 「缶コーヒーを飲みほす女」

 こちらも夜道を酔っぱらってふらふら歩いていたんだけど、あちらも似たような状況だったわけです。私の前を歩いていたそのおね~ちゃんは突風にあおられたような感じで道をよたよたと斜めに横切ると、道端の自動販売機にしがみついちゃったんですね。あららららどうしちゃったのかなと思って眺めてると、おね~ちゃんはバッグをごそごそかきまわして財布を取り出し、なんと缶コーヒーを買っちゃったんです。おね~ちゃんはその場でぷしりと蓋を開けて一息に飲みほしましたね。あげくのはてに、自動販売機に背中を預けて「あ~~~」と腹の底から気持ちよさそうな声を絞り出しました。温泉に入ると「こりゃ~ゴクラクだあ~」みたいな感じで思わず声が出ますね。あんな声でした。
 そのうちに、おね~ちゃんは私の存在に気づきました。どきりというような感じでおね~ちゃんの表情は凍りつきました。次の瞬間おね~ちゃんのほんのり赤らんだ頬が更に赤くなって、というのは実は暗がりの中ではよくわからなかったので嘘なんだけど、まあそんな具合に妙な間があったわけです。脱兎ってよくわからないんですけど、こういうときに使う表現らしいのでここぞとばかりに使ってみますが、おね~ちゃんは脱兎の如く走り去ってしまいました。なにか私がワルサをしたみたいじゃないですか。いかんです。いかんと思いました。
 おね~ちゃんが去ったあと、私はその自動販売機で缶コーヒーを買いました。ぷしりと音をさせながら考えたんですが、やっぱりおね~ちゃんは恥しかったんでしょうね。人前で「あ~~~」は、さすがにハシタナイと思ったんじゃないでしょうか。更につらつら考えるに、缶コーヒーがポイントではないかと思います。ポカリスエットや午後の紅茶では、それほど恥しくはなかったんじゃないでしょうか。なんだかそんな気がするんですよ。根拠、ないですけど。
 私は翌日、この仮説を近隣の女性にぶつけてみました。あなたは自動販売機で自分が飲むための缶コーヒーを買いますか?
 「缶コーヒーは好きじゃないのよ。おいしくないもん」(26歳・事務員)
 「買いませんよう、恥しいもの」(38歳・保険外交員)
 「販売機は使い方がわからなくてねえ」(64歳・無職)
 「女の子は缶コーヒーなんて飲まないのっ」(20歳・アルバイト)
 「コンビニでは買う。販売機じゃ買わない。ん、なんとなく」(30歳・事務員)
 「買いますよ。え? あたしって変なの?」(34歳・デザイナー)
 ええと、年齢は少しばかりいいかげんです。そのくらいかな、と。
 単に私の世間が狭いだけなのかなという気もちょっとしますが、缶コーヒーは女性にあまり好まれていないようです。自動販売機も疎まれている気配がありました。
 そういや、自動販売機で清涼飲料水を買っている女性はあんまり見かけないように思えます。なにを購入したかが通りすがりのひとに露見してしまうのがためらいを呼ぶのでしょうか。どうなのかなあ。
 自販機モンダイはちょっと置いといて、缶コーヒーなんですが、やっぱり人気なかったですね。コマーシャルなんか観ると、ほとんど女性に飲んで欲しいと思ってないもんなあ、作りが。マーケティングの世界ではもう完璧に結論が出てるのかも知れませんね。缶コーヒー購入者のうち女性の占める比率は4%とかなんとか。
 女性がコーヒーを好きじゃないわけじゃないとは思うんですよ。缶コーヒーっていうのは要するに「コーヒーのようなもの」なので、そのへんのギマンが敬遠されるんでしょうか。わかんないですけどね。「缶コーヒーを飲んでいる自分の姿」が嫌なんじゃないかという気もします。いや、わかんないですけど。そんなに缶コーヒーはイメージがよくないんでしょうか。いやほんとに、わかんないんですが。「缶コーヒーを飲んでいる自分の姿を見られる」のが、いたたまれないのかもしれません。
 そんなふうに考えると、ちょっとかわいそうですね缶コーヒー。ま、しょうがないですけど。味わって飲んだらうまくないもんね、あれは。
 うまいかどうかってモノサシを缶コーヒーにあてちゃいけませんが。
 それにしても気になるのは、あのおね~ちゃんのその後です。飲酒後の疾走はコタエると思うなあ。きっとゲロ吐いただろうな。
 もちろん、缶コーヒーもろとも。

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