トゥールーズ瞬間滞在記《5》


6月15日(月) 宴の後


 宿酔いに苛まれながら人間界に舞い戻る。弱くなったものである。コイちゃんはひとりで朝食に行った。ひとりで部屋に残る情けないわたくしである。

 結局パリへは列車で戻る運びになったらしい。帰途のルートは二転三転した。出発前に参加者に配布されていた旅程表によれば、国境を越えるという意表をつく手段が採択されていた。チャーターバスでバルセロナへ向かうという南進策である。ピレネー山脈を越えていったんスペインに入国しバルセロナからイベリア航空機に乗ってフランスはパリへ再入国するという、もはや急がば回れなどとほざいている段階ではない斬新なルートである。しかも、パリはトランジットではない。オルリー空港に降り立つのだ。そこからバスでパリ市内を縦断し、シャルル・ド・ゴール空港から全日空機に乗る。一日に税関を三度通過するのである。JTBの苦衷が色濃く滲む波乱万丈の行程であった。いったい、こうした強行軍が成立するものであるかどうかはわからない。今にして思えば不可能だったのではないかという気がしてならない。
 昨日になって、川村氏は一家を動揺させる発表を執り行った。再びバスで十時間、一路パリを目指すのだ、という冷酷なお告げである。バルセロナなどという話は聞いたことがない、自分はバスだと聞いている、川村氏はそのように主張するのであった。主張しながら、川村氏の口調は乱れつつあるのだった。JTB内部の連絡網が混乱しているらしい。一家も動揺したが、川村氏も動揺しているのであった。その後、連絡調整が行われたのであろう、いかなる展開でそうなるのか不明だが、列車を利用してのパリ行きとなったのだ。
 ボルドーまでは普通電車だが、その先はTGVである。少なくとも宿酔いの身にとってはありがたい。
 車窓から眺める風景は、えんえんと変わらない。大半がなだらかな丘陵であり、麦畑として利用されている。農家が点在し、その周囲に葡萄畑が展開する。時折、高台に古城の尖塔が見える。農業立国というのは本当だったんだなあと納得するが、ただそれだけである。すぐに飽きた。かねて仄聞していたとおり、看板が一切出てこない。キンチョーもボンカレーもオロナインも出てこないのである。ありていに言ってつまらない。

 午後三時半にモンパルナス駅に到着。バスでシャルル・ド・ゴール空港へ。なんやかんやの手続きを終え、土産物を調達した。
 出発ロビーのベンチに座ってぼけっとしていると、どこかで見た顔のおとーさんが現れた。紙コップのコーヒーを熱そうに持ちながら、私のすぐ近くに腰掛けた。苦虫を噛み潰した人生を送ってきた結果、その貌には深い皺が刻まれている。怖い、といってよいだろう。誰だかわからなかったら、思わず逃げ出すところである。
 幸い、すぐにその人物の正体を認識できた。アビスパ福岡の森孝至監督である。シゴト帰りなのであろう。全日空206便に乗る偏った趣味の乗客が、不意に現れたこの有名人を見逃すはずはなかった。世が世なら、このひとが昨日のゲイムの采配をふるっていたかもしれないのである。「サインをください」「一緒に写真を撮ってください」「握手してください」など、そのアプローチは様々だが、誰もが最後に「頑張ってください」と言って去っていく。
 なんだろうか。森さんは頑張っているに決まっているのである。通りすがりの他人は、なにゆえにそのような無責任な発言をなすのであろうか。アビスパ福岡は森さんひとりが頑張ったところで立ち行かないチームではなかったのか。森さんは、鷹揚に構えて不躾な方々の暴言をにこやかに受け流す。まあ、実際のところ、「頑張ってください」としか言いようがないのだろう。「昨日の敗因はなんですか」と問い詰められても、「優勝してください」と難題をふっかけられても、森さんはきっと困ってしまうのである。
 何人かの俄ファンの応対を終え、森さんは「やれやれ」といった風情で紙コップを手にとった。森さんのコーヒーは、すっかり冷めてしまったようであった。

 午後八時離陸。さあ終わった終わった。とりあえず眠る。


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