078 96.11.06 「塩分とコレステロールと」

 人生は感動の連続で、いやあ、一度やったらこりゃもうやめられませんな。
 って、いきなりなにを言ってんだか。わははは。だって、馬鹿なんだもん。いや、みなさん、聞いてください。不肖わたくし、こないだから感動しております。感動はいいもんですね。ごほんごほん、って、そりゃ感冒。すみません、ありあまる感動のために、精神が紅葉しております。照る山もみじな昨今の私。
 塩辛というものが私を感動させてやみません。塩辛にもいろいろありますが、塩辛の王道を歩んで幾年月、塩辛界の大横綱としてその名も誉れ高い「いかの塩辛」が、感動の嵐を巻き起こしているのでした。
 いやあ、こんなに簡単にできるもんだとは思わなかったなあ。驚きましたよ。塩しか使わないの。いかの他には。知らなかったなあ。レシピを見たときには信じられませんでした。いかと塩だけ。さすせその出番がないばかりか、みりんも酒も化学調味料も香辛料も登場しません。嘘だろ、と、ほっぺたをつねってみましたが、今時そんなことする人は珍しいですかね。ごめんよ。古い奴ほど、ほっぺたをつねりたがるもんでございます。
 そんで、ま、つくりました。いかと塩しか使わないくせに、けっこうめんどくさかったけど。細心の注意を払って内臓を取り出し、悪戦苦闘して皮をむきました。そりゃもう、大騒ぎさ。解体作業を終わった頃には、すっかりイカくさくなってしまいましたよ。
 ワタ袋と胴体が、塩の援軍を受けてやがて塩辛になっていくわけですが、しばしピチットに包まれて冷蔵庫の中で休んでいてもらいましょう。ピチットがなんなのかわからない人は手近な主婦に訊いてみるように。ただし、手近だからといって、むやみに手をつけてはいけません。むやみでなけりゃ、いいです。
 足とミミと若干の内臓が残されました。足とミミは適当にぶった切って、スミと醤油とみりんを混ぜて漬け込んでおきました。どうなるのかわかりません。刺身用と称して販売されていたので、早めに食べればばあまりひどいことにはなるまい。明日は明日のいかがある。
 いやはや、いかって捨てるとこがないのね。あ、待て待て、目玉は捨てたな。
 怖いよね、いかの目玉。なんであんなに怖いんだろう。睨んでるんだよね。やな感じ。そんなに睨むなよぉ、いかのくせにぃ。
 疑問も浮かんできました。私がさばいたいかは何者だったんでしょう。モウゴウイカとかホタルイカとかダイオウイカとかブンメイカイカとかバラライカとか、いろいろあると思うんですが、はて、なんだったのでしょう。そのへんのスーパーでパック詰めされてたのをなんの思慮もなく購入してきたので、サシミヨウイカとしか言いようがありません。塩辛に適したいかの種族はきっとあると思うんですが、そのへん、どうなっているのでしょう。
 などと思い悩んでいるうちに時は流れ、レシピ所定の三時間が過ぎました。ピチットによって余分な水分を絞り出されたいかの胴体とワタに塩を混ぜつつ撹拌します。ううむ。これ、なんとかなるんだろうか。どうしようもない感じがするけどなあ。完全な失敗作ではっ。タッパーに入れて冷蔵庫にしまいこみ、途方に暮れつつ眠る。ぐうぐう。
 一夜明けて、おそるおそるタッパーをのぞくと、おお、塩辛っぽい状況になりつつあるではありませんか。時の流れはすべてを解決するなあ。うむうむ。かき混ぜて、またしまう。醤油漬けのほうは、まずまず食えないこともなかったので、むさぼり食って、寝る。また一晩。タッパーを開けて、かき混ぜる。もはやまごうかたなき塩辛状態。んで、寝る。
 四日目。日本酒を購入し、帰宅。いそいそと塩辛を取り出し、いそいそと酒をぐい呑みに注ぎ、いそいそと食べましたよ私は。
 んまいじゃないですか。
 こりゃもう、んまい。
 酒もまた、んまいです。
 防腐剤だのなんだのが混入した塩辛とは今日を境にお別れです。もう、買いません。ええ、買いませんとも。あんなのは、ウソッパチです。いかと塩だけで、塩辛はできるんです。しかも、ぜんぜん味が違うんです。格段の差です。私は、感動しました。涙がこぼれました。
 以来、病みつき。すでに三度ほどつくりました。すぐになくなっちゃうんで、すかさずつくってしまうのです。ぜんぜん失敗しません。いいかげんにつくっても、んまいのができちゃうんです。なんということでしょう。感動的です。ついつい、呑みすぎてしまう昨今です。
 しかし、いかはコレステロールのカタマリだし、塩分も多いしなあ。身体に悪いよ、ほんとにもう。
 ましてや、深酒にいたっては。

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