058 96.08.16 「夜空には花火」
花火大会ほどわかりやすい資本主義経済活動はないですよね。って、出てくるなり変なことを口走ってますが。いや、昨夜、花火見物の機会に恵まれましてね。いやあ花火はいいなあ。きれいで。
一瞬で大金が夏の夜空に消えちゃう。どおおん、ぱらぱらぱらぱら。
あのアナウンスってのが、またいいもんですね。特に都会から離れれば離れるほど味わいが増していきます。
『8番。地域の皆様に御奉仕する熊田虎五郎金物店、提供。5寸、2発』どおおん、どおおん。
『17番。イキの良さなら鮫川鮮魚店、提供。4寸、3発』どおん、どおん、どおん。
「おい、かあちゃん聞いたか。鮫川の奴、今年は3発も上げやがったぞ。くそう」
「いいじゃないのよ。ウチは5寸よ5寸」
「いいや、気に食わねえ。来年は5寸3発なっ」
「じゃあ稼ぎなさいよ、酒ばっかり呑んでないで」
「うぐ」
きらびやかな大輪の下で、様々な人間模様が繰り広げられていることを想像すると、いっそう鑑賞に味わいが増すというものです。
『23番。村づくり50年の馬田建設、提供。8寸10発。連発です』
「うははは、見たか。次期村議会議長の実力を」
「いやあ、馬田社長、奮発したものですな」
「いや、なに」
『36番。新鮮第一・スーパー亀山、提供。スターマイン』
「なにっ、亀山の野郎がスターマインだとっ」
「ははは、馬田さん、次の議長は亀山さんですかな」
「ぐぐぐ」
政治があり暗闘があります。たまりません。アナウンスを聞くたびに提供者の背景に思いを馳せ、ひとり悦に入る私なのでした。
『49番。鰻田地区の雀野義幸さん加奈子さん御夫妻が長男幸雄ちゃんの誕生を記念して。4寸、1発』
「まいったなあ。1発じゃ、かえってかっこわりいじゃねえかよなあ」
「なによ、ウチの親に文句つける気?」
「あ。いやいや、そんなことねえよ加奈子。けどなあ」
「けど、なによ?」
夜空には光と音の競演。地上にはトラブル。
『62番。兎島伝次郎さんが曽孫の由香里ちゃんの誕生を記念して。5寸、5発。連発です』
「うむうむ。さて、来年は誰が子を産むのかの? 道男のとこはまだかの?」
「去年産まれて、打ち上げたじゃありませんか」
「そうだったかの。芳子はどうかの? 博幸はどうだったかの?」
「芳子はまだ高校生です。博幸はおととし死にました」
「ほう。それは残念なことをしたのう」
「それよりおじいちゃん、もうお金がないんです。今年で終わりにしましょう」
「山をひとつ売ればよいではないか」
「もう売れる山なんてありませんよ。不動産屋さんも見向きもしない土地しか残ってません」
「そうだったかの。じゃあ、儂がひとつ村長にかけあって、儂の土地にゴルフ場でもつくらせようかの」
カネです。カネがあるひとは誰でも花火のスポンサーになれるのでした。
その後、村内の様々な方々の米寿、定年、銀婚式などを祝う花火が打ち上げられました。なんだか、瓦番のような花火大会です。ここに来ないと村内の動向がわからず、日々の生活の中で困ったことになるのでしょう。
「おう、ここだここだ。ここならよく見えらあ」
どやどやと乱暴な物音がして、いきなり背後が騒がしくなりました。
「ちょいと前のみなさん、しゃがんでもらっちゃくれませんかね」
丁寧な言葉使いですが、明らかに威嚇の声音です。なんだよなんだよ。
『110番。「鷲谷組長、出所おめでとうございます」組員一同、提供。尺玉、1発』
ひえっ。私はコマネズミのように慌ててしゃがみました。
ひゅるひゅるひゅる。どおおおおおんんん。ぱらぱらぱらぱら。
「ありがとうよ、みんな」
組長のドスの効いた声は、心なしか湿っていました。
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