203 98.10.30 「ロードマップを間にして」
「で、この花黒下って交差点を右折な」
「花黒下。これ、なんて読むの」
「え、知らないよ。引っ越したばかりなんだからわかんないよ」
「引っ越したばかりだって、そのくらい知らなきゃ。はなぐろした、かなあ」
「かくろげ、かもしれんぞ」
「はなくろしも、じゃないかな」
「かぐろうげ、も捨て難いな」
「わかんないなあ」
「うむ、わからん」
「ま、とにかく、はなぐろした又はかくろげ或いははなくろしも若しくはかぐろうげ交差点を左折するのね」
「違うってば。はなぐろした又はかくろげ或いははなくろしも若しくはかぐろうげ交差点を右折だ」
「めんどくさいなあ」
「そうだな」
「それじゃ、謎の交差点と呼ぶことにしましょう」
「うむ。そうしよう」
「で、謎の交差点を右折して、そのあとはどう行くの」
「とりあえず、しばらくは道なりにまっすぐだ。この早間川を渡ったところを右折だ」
「また読めないじゃない。はやまがわ、かな」
「そうまがわ、かも」
「はやはざまがわ、のセンも捨て難いわね」
「そうかんがわ、だったらヤだな」
「どうして、ヤなの」
「なんとなく」
「そっか。で、このはやまがわ又はそうまがわ或いははやはざまがわ若しくはそうかんがわを渡ったら右折ね」
「またまためんどくさいな」
「不可解な川、ということではどう」
「異議はない」
「ええと、謎の交差点を右折して、不可解な川を渡ったらまた右折ね」
「いかにも」
「なんだかたいへんなことになってきたわね」
「やむをえまい。次は左手に、この目原田郵便局が見えてくるからその先を左折するんだ」
「めはらだ、かな」
「もくげんだ、ではないか」
「めばらた、かもね」
「妙な郵便局ってことでどうか」
「そうしましょう。謎の交差点を右折して、不可解な川を渡ったらまた右折して、妙な郵便局の先を左折ね」
「そういうことになるな」
「疲れてきたわ」
「すまんが、まだ先がある。しばらく行くと、右側にこの風畑駐在所があるから、その手前の路地に入る」
「かぜばたけ駐在所、かな。ああ、そうね。不思議な駐在所ってことで」
「手を打とう」
「不思議な駐在所の手前の路地を入るのね」
「そうそう。そこが新居」
「整理するわよ。謎の交差点を右折して、不可解な川を渡ったら左折して、妙な郵便局の先を右折して、右手に見える不思議な駐在所の手前の路地を入るのね」
「違うだろ。謎の交差点を右折して、不可解な川を渡ったらまた右折して、妙な郵便局の先を左折して、右手に見える不思議な駐在所の手前の路地を入るの」
「え、なになに、謎の郵便局を越えたら左折で、右手の不可解な川を、あ~、もう。もう、もう」
「だ~か~ら~。謎の交差点を右折して、不可解な川を渡ったらまた右折して、妙な郵便局の先を左折して、右手に見える不思議な駐在所の手前の路地を入るんだ」
「はぁ。私達はどこから来てどこまで行くのかしら」
「いきなり哲学者になってどうする」
「なってないわよ」
「あ。そ」
「それでね。そうまでして辿り着いた私に、いったい何が待っているの」
「ん~」
「私を、何が待ってるの」
「……俺」
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