173 98.03.17 「御覧のスポンサー」
「この番組は御覧のスポンサーがお送りしました」
と、発言したのは、日本テレビの女性アナウンサーである。彼女は彼女の業務を全うしたに過ぎない。どのみち録音であろう。
日曜日の深夜である。正確には月曜日である。そろそろ寝なくちゃなあ、などと漠然とした義務感を脳裏によぎらせながら何気なくテレビの画面に目をやった私は、硬直した。
「ややややや」
プロミス、アイフル、武富士。以上三社が「御覧のスポンサー」なのであった。他にはない。この三社だけが「全日本プロレス中継」のスポンサーなのであった。
「いつのまに、世の中はこのようになっていたのだ」
私はとりあえず、目を丸くしてみた。丸くなっていたかどうかはわからないが、どうしていいかわからなかったので、してみた。何事も挑戦する姿勢が大切だ。
ここまでこうなっていたとは知らなかった。ことここに至るまで、こうもこのようになっていたとは思わなかった。ここまで来たか消費者金融。ここまでやるか貸金業界。
たしかに私の部屋のテレビ受像機は「全日本プロレス中継」を受信していた。しかし電気料金が無駄に消費されていただけのことで、私がその内容に興味を持つことはなかった。たまたま日本テレビが選択されていたに過ぎない。全日本プロレスの面々がなにやら苦闘していたが、それは彼等が好きでやっていることであって、私には私の生活がある。明日はシゴトかあ、やだなあ、早く寝ないとなあ、でも昼頃まで惰眠をむさぼってたからあんまり眠くないんだよなあ、といったような、ありきたりの生活である。
ここ三十分ほどの記憶を遡ると、たしかに消費者金融のCMばかりだったように思える。さして気にも留めてはいなかったが、確かにスポンサーは「カネ借りなよ」と連呼していた。「カネなら貸すぜ」と喧伝していた。
とはいっても、とうに夜半を過ぎれば、テレビのCM枠は貸金業界の楽園である。特に気になることはなかった。貸金業者だけがそれも競合する三社が共同して提供している番組が存在することを知るまでは。
たとえばプロミス独占提供2時間スペシャルというのなら、わからないではない。昨今の貸金業はやたらに威勢がいい。ダイエーがホークスを売りに出したら、貸金業者が買い受けるに違いない。ナビスコ・カップがアイフル・カップになっても驚かないし、東レ・パンパシフィック・オープンが武富士・パンパシフィック・オープンとなってもうっかり見過ごしてしまうだろう。
だが、三社共同である。これは新鮮であった。たとえば、トヨタ・ニッサン・ホンダがそんなことをするだろうか。キリン・アサヒ・サッポロがいったいそうした冒険をおかすだろうか。
この貸金業三社は持たざる者の強みなのか、もうそんなふうに旧態依然としてちゃいかんよ、と言っているのである。政党を見よ、共同戦線の時代だ、と宣言しているのである。企業の独自性なんか幻想なんだもんね、と断言しているのである。一致結束して市場の底上げを図ろうぜ、と主張しているのである。
か、どうかは、知ったこっちゃありませんが。
むしろ、なぜこの三社が、といったあたりに興味を覚える。アコムはラララと歌っている場合なのか。レイクはほのぼのしていてそれでいいのか。日テレの営業部は、いったいどういう営業活動をしたのであろう。どちらから持ちかけた話なのか。なんだかどろどろした裏話が背後にうごめいていそうで、たまらない。
競合他社との呉越同舟は、禁忌でもなんでもなかった。実にどうも、なんでもなかったのである。いっそ、広告活動の原点に立ち返ったすがすがしい競争であるとさえ言える。同じ土俵で勝敗を決しようではないか、と言っているのである。私はしばし、感動した。
それにつけても、消費者金融に手を出しやすいと決めつけられてしまった「全日本プロレス中継」視聴者層の立場は、今後いったいどうなってしまうのだろうか。
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