110 97.06.13 「冒険」
気になる二人なのであった。
自転車に二人乗りをしているのであった。マシンは、いわゆるママチャリである。ママチャリではあるが、ドライバーは男性でありナビゲーターもまた男性なのであった。
初老といえよう。両者ともである。二人の相似は他にも、スーツ姿、白髪といった外見に認められるのであった。
二人は、駅の傍の市営駐輪場から、ゆっくりと漕ぎ出してきた。おぼつかないハンドルさばきである。
私は思わず立ち止まり、二人を凝視した。
日付も変わろうかという時刻である。飲酒果てた後、といった風情が漂う二人連れは、しごくのんびりと自転車をくゆらせていくのであった。
どうにもちぐはぐで、強烈な違和感を発散してはいるものの、それを具体的に指摘できない。そうしたものを時々目撃してきたように思うが、夜中にママチャリの荷台にちんまりとまたがって揺られていく初老の会社員、というのも相当なものである。しかも、運転するのが似たような年格好の人物である。
私は、見惚れた。
どのような関係の二人なのであろうか。
思うに、帰宅途上の電車内でたまたま遭遇した御近所さん、ではないか。まるっきり根拠はないが、そんな気がする。
「お。鈴木さんではありませんか」
「やや、田中さん。これはまた、奇遇な。残業ですか」
「いやいや、課内の飲み会でしてね。鈴木さんは」
「まあ、似たようなもんです。ちょっと接待で」
そのような会話が、23時12分に上野駅11番線ホームを出た常磐線快速電車の車内で繰り広げられたのではなかろうか。
「お孫さんがお産まれになったそうで」
「ええ、まあ。田中さんの娘さんは、まだ」
「そうなんですよ。30にもなるってのに、結婚する気がないみたいで」
「そうですか。まあ、こればかりはなかなかねえ」
といった家内人事に関する話題も語られたのではないか。
「この夏の盆踊りですけどね」
「どうですか、例の場所を借りられましたか」
「いやそれが、代替りした地主さんが、先代ほど物分かりのよい方ではなくて」
「ははあ、そうですか。役員さんも気苦労が絶えませんなあ」
というような町内会的話題も飛び交ったように思われる。
いや、根拠はまるでないのだが、なんだかそんな気がしてならない。
「どうですか。私の車に乗っていきませんか」
「え。鈴木さん、自転車ではなかったですか」
「そうです。二人乗りですよ」
「二人乗り、ですか」
「二人乗りです。オツなもんですよ」
「ふうむ」
「いいでしょう。たまには」
そうした経緯だったのではなかろうか。しつこいようだが、根拠はない。
路肩にたたずむ私の前を、二人はスローモーションのように通り過ぎていった。
私はその瞬間、二人のぼそぼそした会話の断片を耳にしたのであった。
「だいじょうぶですか。登り坂ですよ」
「なあに、これしき」
「坂道は大変ですね」
「大変ですが、登るしかありません」
「そうですねえ」
二人は、ゆっくりと遠去かっていった。
そのあと、どんな会話を続けたのだろう。もう、私の耳には届かない。寡黙になって家路を辿ったのかもしれないし、そうではなかったかもしれない。
気になる二人なのであった。
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