104 97.05.19 「違いのわからない男」

 曲違い、とは、こりゃまた、かなり失礼な話ではないか。
 そりゃなかろう、と思う。ラジオのリクエスト番組で時々耳にする。「中野区の山本さんからのリクエストで、美空ひばりの“川の流れのように”。浦和市の田中さんからも同じ曲のリクエストがありました。曲違いですが、茨城県取手市の官兵衛さんからも頂いています」なんて感じで使われる。
 いかんのではないか。官兵衛さんは“お祭りマンボ”を聴きたかったのだっ。川の流れなどどうでもよいのだ。そこんとこ、どうなっておるのか。美空ひばりの“お祭りマンボ”でなくても我慢する。trfの“お祭りマンボ”でもかまわない。岡本真夜でも許そう。人違いだったらまだ救われるが、曲違いは許されない。
 官兵衛さんは、ただただ“お祭りマンボ”を聴きたくて聴きたくて、恥を忍んでリクエストのやむなきに至ったのだ。リクエストをするまでに彼の胸の内に生じた様々な葛藤を、「曲違い」の一言でばっさりと切り捨て、あまつさえ川に流してしまうとはなんたる所業であろうか。
 官兵衛さんは、先祖代々伝わる「リクエストは是を固く禁ず」との家訓をあえて犯してしまうほどの熱情を抑えきれず、心を引き裂かれるような思いで葉書をしたためたかもしれない。「それだけはやめてくれ」と泣き叫ぶ妻子の声を断腸の思いで振り切って、心を鬼にしてポストに投函したかもしれない。
 彼の心情はどうなってしまうのか。
 付け足しのように名前を読み上げられ、しかもなお彼の望みは叶わない。
 リクエストが叶えられないなら、なぜそっとしておいてくれないか。恥を忍んだはずの彼の恥は曝された。純粋に、真摯に、官兵衛さんは“お祭りマンボ”を聴きたかっただけなのだ。彼の純真は踏みにじられた。曲違いの烙印を押された彼の今後を、ラジオ局は面倒みてくれるとでもいうのか。
 段違いに場違いな曲をリクエストする官兵衛さんがいけないのかもしれないが、服を買いに行けば、色違いですけど、と言って別のものを勧めてくれるだろう。そんな優しさが、なぜないか。
 局違いですが、ニッポン放送でオンエアされました。せめてこの程度の軽いギャグは言ってくれてもいいだろう、たとえば文化放送。官兵衛さんは根が単純だから、それだけですぐに機嫌が直るのだ。そんな思いやりが、なぜないか。
 官兵衛さんは、間違いや思い違いを多発する。しかし、そんな彼にも矜持はあるかもしれない。曲違いだけはしてはならなかった。彼は傷ついた。
 彼にとって“お祭りマンボ”は、大切な曲なのだ。心に残る曲なのだ。初めてデイトをしたときの思い出の曲なのだ。
 思えば、その頃から勘違いの連続であった。

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