088 97.01.04 「勘太郎の正月」
新年早々、勘太郎が遊びに来た。私の甥で小学5年生だ。
目的は、問題のブツの存在確認と思われる。お年玉といったものも所望するところであろう。
「おせち料理は飽きただろう」
私は、スナック菓子で歓待した。安く済ませようという魂胆だ。
「いくらでも食っていいぞ。正月だからな」
「うん」
勘太郎は、とんがりコーンを頬張りながら、挙動不審な態度を見せた。ちらちらと、整理整頓が行き届かない私の部屋の中を見回している。私は素知らぬ振りで、コーラなどを勧めた。
「ほら。これも飲めよ」
「うん」
勘太郎は生返事。さりげない風を装ったつもりらしい視線が部屋中を這い回る。うひひひ、探してる探してる。
教えてあげないんだよ~ん。
「どうだ、二学期の成績はよかったか?」
「うん」きょろきょろ。
「国語の成績は上がったか?」
「うん」きょろきょろ。
見当違いの私の問いかけがうざったいらしく、なにも考えずに返事をする。面白い。
そのうちに苛立ってきたようで、とうとう私に問いかけをなした。
「ねえ。プレステは?」
ほう。ついに言葉にしたか。最初からそう訊けばいいのに。新しい年を迎えたというのに、相も変わらず気が小さい奴だな。
「いい天気だな」
私は、窓の外に視線を投げ、降り注ぐ冬の陽射しを愛でた。穏やかな正月だ。のそのそと歩いていた猫が立ち止まって大欠伸をした。なべて世は事もなし。
「プレステだよお」
勘太郎は言い募る。だだをこねるな、だだを。
「買ってないの? 買うってゆったじゃないかあ」
勘太郎はふくれるのであった。よしよし。そろそろ披露してあげよう。
「おお。プレステな、プレステ。しばし待て」
私は立ち上がり、隣室からプレスの入った箱を持ってきた。プレイステーション、ソニーがその社運を賭けたゲイム機である。その賭けには勝ったらしい。
クリスマスプレゼントである。私が私のために買ったものだが、勘太郎はその優先的使用権を獲得している。私はすぐに飽きるであろうことが既に暴露されており、その場合は勘太郎に譲渡されることになっている。
私は、勘太郎の前に箱を置いた。
「わあいっ」
とたんに、勘太郎は有頂天となった。
「プレステだあっ」
あははは。他愛ない奴。
「開けていい?」
勘太郎は、わくわくを全身から放射しつつ包装紙を破り始めた。
ふと、その手が止まった。
「どうして開けてなかったの? 買ったんならやればいいのに」
勘太郎は、思案顔を私に向けた。
「いやあ、いちばん最初に勘太郎にやってもらいたいと思って、我慢してたんだよ」
私はぬけぬけと申し述べた。すかさず勘太郎の目に猜疑が満ちた。
「うそっ」
お。見破ったな。えらいぞ勘太郎。
「あ。わかったぞ。ソフト買ってないんだ。そうでしょそうでしょ」
「わはははは」
「あ~っ。やっぱりソフトをひとつも買ってないんだっ」
「わはははは」
「ぜんぶ、ぼくに買わせるつもりなんだっ。ぼくに買わせたソフトをここに置かせて、こっそりひとりで楽しむつもりなんだっ」
「わはははは」
「ずるいじゃないかっ」
勘太郎は憤っている。無理もないが、しかし勘太郎、ジンセイはそういうものだよ。スジの通らぬことばかり。
「まままま、勘太郎。ここに、こういうものがある」
私は、かねて用意のポチ袋を、さっと掲げた。
しかし、私は事態をあまりに楽観していたのであった。私の金銭による懐柔策は完全に裏目に出た。勘太郎は逆上した。
「お年玉なんて、いらないんだいっ」
叫ぶなり、勘太郎は頭から私の腹部に突っ込んできた。全体重を預けた頭突きだった。
「うげげっ」
虚を突かれた。私は、苦痛にのたうちまわった。いて~よ~。
まずい。本当に怒らせちゃった。
「ごめん。俺が、悪かった。げほほっ」
激痛を放つ内臓を抱えながら、私は率直に謝罪した。
勘太郎は、自らがなした所業の過激さに途方に暮れて、放心している。
そうなると、こちらがますます言葉を積み重ねればならぬ。でも、俺は喋るのは辛いんだよ、勘太郎よ。肺が振動するたびに鋭い痛みが走る。とはいえ、私に非があるのは明らかなので、仕方がない。
「俺があまりに失礼だったよ、勘太郎。済まん。げほげほっ」
その後、勘太郎と私は和解し、ふたりでプレステのソフトを買いに出かけた。
私は、勘太郎が選んだ3本のソフトを買わされるハメになった。そこまで譲歩しないと勘太郎の機嫌がなおらなかったのだ。えらい出費だ。しかも、お年玉は別立てときている。
完全な敗北であった。
私の思惑はまったく外れた。私が用意していたお年玉は、私が欲しかった「童夢の野望」というソフトを勘太郎に購入せしめるものであった。どうせあげなければならないお年玉を私の嗜好のために使わせようという作戦なのであった。言を弄して勘太郎をたぶらかし、資金を還流させるつもりであったのだ。だが、その魂胆は水泡に帰した。
まいったなあ。みぞおちのあたりに痣ができてるし。勘太郎の人格をないがしろにしすぎちゃったよなあ。深く反省。
勘太郎が選んだ3本のソフトは私の食指を少しも動かすことはなく、私は更に自腹を切って「童夢の野望」を買わなければならなかった。はぁ。いやはや。
そうして、勘太郎はゲイムに耽溺するのであった。私にはなんだかよくわからないロールプレイングゲイムだ。昨夜はとうとう家に帰らなかった。今朝も早朝から起き出して、魂をモンスターとの戦いに捧げている。
風呂に入らせたりメシを食わせたりするのに一苦労する。ブラウン管の前からこやつをひっぺがすのは、大変な難事であることを痛感した。コントローラーを手にしたまま眠ってしまうのを待つしかないという気もする。現に、ゆうべはそうやって終焉した。データをセーブする方法が私にはよくわからないので、プレステはつけっぱなしだ。
先ほど、勘太郎の母親が来て勘太郎の着替えを置いていった。うるさいのがいなくて清々しているらしい。夫婦水入らずの正月がこんなにいいものだとは思わなかった、などと言う。来年もお願いね、などと図に乗る。
俺の身にもなってよ、もう。あんたらがつくったんだろ。
勘太郎は、もはやプレステのトリコだ。
「なあ、勘太郎さあ、それ、俺のキカイだよな」
「今はね」振り向きもしない。
「俺も、やりたいんだけどな」
「あとでね」にべもない。
「あとでって、いつだよお」
振り向いた。「うるさいな。ちょっと黙っててよ」
「……はい」
ぐすん。
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