075 96.10.27 「袋小路で吊るし上げ」
ポリ袋が話題となった。スーパーでくれるポリ袋である。こういった日常生活にへばりついた矮小な話題に取り込まてしまう環境というのもなにやら物悲しいが、まあ身から出た錆といったようなものか。わさびが出てこないだけマシであろう。身からわさびが出てきたら、毎日涙をこらえながら過ごさねばならぬ。
スーパーのレジ担当者は、なにゆえに多めにポリ袋を渡すのであろう。一袋で済む買物には二袋くれる、二袋で済む買物には三袋くれる。たいがい、一袋あまってしまう。こちらとしては他に使い途があるから別に構わないが、資源の無駄遣いではないだろうか。と、いうのが私の論旨である。疑義を呈し、経験豊富な諸賢の御感想をお伺いしようというものであった。
その場にいた諸賢とは、おおむね兼業主婦であった。三時のお茶の時間にふとシゴトの手を休めてしばらく雑談に打ち興じようではないか、というような極めてだらけきった状況である。
私は、たちまち反論の集中放火を浴びることとなった。
「そんなはずはない」
「私はいつも足りない。二袋必要なのに、一袋しかくれない」
「私もそうである。だいたい、レジの女の子はケチな子ばかりだ」
「そのとおり。私は、いつも余分に請求している。面倒だ」
はあ、そうなんですか。
「あなたはレジ係の子に色目を使っているのではないか。だから、余分にもらえるのであろう」
意表をつく見解が提示された。そんな馬鹿な。別にポリ袋なんて余分に欲しくはないですよ。だいたい、私が色目を使ったとして、効果あると思いますか。ないですよ。
「それもそうである」
一同は、深くうなずいた。え~ん。私は、深く傷ついた。
くそう。私は反撃を試みた。思うに、あなた方の収納能力に欠陥があるのではないですか。レジ係は永年の経験によって適正な数のポリ袋を配布している。しかしながら、あなた方はポリ袋が提供する容量を有効に使っていないために、結果的にポリ袋の不足という予期せざる結果を招く。そういうことではないでしょうか。
私は、またまた反論の集中放火を浴びた。
「そんなはずはない」
「それは言いがかりである。スーパーとともに生きてきた私の半生を否定するというのか」
「あなたのような、ぽっと出のひよっ子に、私のスーパー人生を忖度されるのは心外だ」
「だいたい、袋詰めのなんたるかについて、いったいあなたになにがわかるというのか」
あ、いや、その、すみません。失言でございました。
諸賢の反論は、やがて私への攻撃へと転じた。
「あなたがさもしい顔で突っ立っているから、レジ係は憐憫を催すのではないか」
「あなたの人相風体が哀れを誘うに違いない」
「意図的だとすれば、あまりにみみっちい手口で不愉快だ」
「あなたは、レジ係が思わず一袋多く渡さざるを得ないような見すぼらしい恰好で、買物に行くのではないか」
そんな無茶な。レジ係のひとは客の恰好なんかいちいち気にしないと思うなあ。菅原洋一さんも歌っているではないですか。
私は歌った。「あ~なたの恰好など~、知~り~たくな~いの~」
ぜんぜんウケず、私の繊細な心はまた傷ついた。
「そういう、ひとに媚びを売る態度がけしからん」
「性根の卑しさが知れるというものだ」
「あなたの心底に潜むそういった物乞いの精神が、レジ係の惻隠の情を喚起するのであろう」
「自己批判しなさい」
さんざんな言われようである。とうとう吊るし上げとなってしまった。なぜ人格まで攻撃されねばならぬのか。
私は矛先を変えようと、前々から気になっていた仮説を開陳した。思えば、女性のレジ係からの施しが多いように思われる。男性の場合は、適正量の配布しかしないようである。ひょっとして私は母性本能をくすぐるタイプなのでは。
「馬鹿者」
「うぬぼれるな」
「たいがいにしなさい」
「この、たわけ者めが」
かくして、私の心は、またまた深く傷ついていくのであった。
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