042 96.06.22 「彼等の場所」

 日付も変わろうかという時刻だった。
 そのとき私はコンビニのマガジンラック前に立っていた。立ち読みをしようと雑誌に伸ばした腕が途中で止まってしまった。横合いからさっと手が伸びてきて、あっというまにその雑誌を奪い去ってしまったのだ。びっくりして思わずそちらに顔を向けると、レジに向かう彼の背中が目に映った。素早すぎる。中学生のようであった。私は内心で「え~んえ~ん」と泣いた。悠揚迫らざる、って漢字まちがってないかな、そのような態度で手を伸ばしてしまったのが敗因だ。欲しい物は彼のように速攻で奪取しなけりゃならんのだ。正義は彼にある。彼は購入した。私は立ち読みという、その商品の主眼である情報の窃盗を企てようとしたのだ。私としては、じっとうつむいて唇を噛みしめるしかない。ま、そんなこた、しないが。
 私が彼くらいの年頃だった時代にはコンビニエンスストアというものはなかった。あははは、時代だって、なにもそんな大袈裟なことを。しかし井上陽水は十年はひと昔と歌ったではないか、とすれば、ふた昔だぞ。ま、そりゃそうだが。おいおい、こんなとこで自問自答してどうする。
 私が中学生の頃にコンビニがあったら、どうだったろうか。まず考えなければならないのはエロ本というものに対する姿勢であろう。書店と駅の売店以外に雑誌を購入できる場所があるのだ。陰毛の影すら見えないグラビアであっても、それを購入するにはたいへんな勇気が必要であった。それが手軽に入手できる。君達は知らないだろうけどね、我々は実物を目にするまで女性の陰毛というものを見たことがなかったのだよ。あれま、おぢさんの口調になっちゃった。たはは。情ない。
 食生活にも甚大な影響を及ぼしたことであろう。こちらのほうが重要だ。あのう、私及び私の友人どもは部活動が終わった午後七時に、帰りがけに肉屋に寄って揚げたてのメンチカツや串カツを食っておったですよ。この話をすると、同世代のひとにも笑われちゃうんだけどさ。くそう、私も肉まんを食いたかった。カップ麺を食いたかった。おにぎりを食いたかったよう。
 いいなあ、塾帰りで体力つかってないのにいろんなもん食えて。
 やっぱり、闖入者だよな。三十過ぎてコンビニ行ったら。ここはものを売るところじゃない。買うところでもない。そういう行為は必然的に発生するが、産まれたときからコンビニがある世代は、まったく違う風景を見ているように思えてならない。このフィールドは、きっとなにかを生産してくれるだろう。道路を歩くのと同じ気分で店内を闊歩する彼等に、もう任せますよ。私、ただ眺めてますから。
 他愛ない買物をしてレジに向かったら、妙に落ち着かなげなおばあちゃんが入ってきた。「こーり」が欲しいといっている。こんな時間に、切実な買物なのだろう。が、レジにいたアルバイトの学生には通じない。日本語が通じない。おばあちゃんもアルバイトも困り果てている。嘆息して、私は口を出した。「ロックアイスだよ」
 アルバイトはぱっと顔を輝かせて「ロックアイスですねっ」と叫び、すかさず持ってきた。おばあちゃんは丁寧に私に礼を言い、何度もお辞儀をして出ていった。
 私でもまだ役に立つのか。まだ過度期なのか、コンビニは。そうじゃない。私もおばあちゃんもそぐわないのだ。
 でも、行っちゃうんだもんね。なんだか、コンビニってふらふらと入っちゃうんだよなあ。なんでだろ。
 コンビニに対してどう振舞っていいかわからないどっちつかずの世代というものがあるなら、きっと我々がそうなんだろう。密着できず、訪問者にもなれない。
 やれやれ。

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