『雑文館』:96.06.22から96.08.18までの20本




041 96.06.22 「しごとのことは夢のまた夢」

 ヤマザキのデザートのCMに出演している女性はなんという名前なんでしょうか?
 はっ。いかんいかん、無意識のうちにへんなことを書いてしまいました。忘れてください。ふと気を抜くと別な人格が勝手なことをするので、私いつも困ってるんです。冒頭の自動書記は、その好みから察するに別人13号あたりのシワザでしょう。あやつはどうも、気が多くていけません。
 それはともかく、休みだというのに朝から気分が悪いっす。腹たってます。この気分は目覚めた瞬間から続いてます。
 原因はというと、馬鹿にされそうですが、夢なんですよ。嫌な夢を観ちゃったんです。たははは、存分に馬鹿にしてください。
 夢自体はさほどの夢じゃないんです。ひたすら残業をやってる夢でした。この夢が現実に及ぼす影響に、問題があるわけです。まず、現実のほうが夢に侵入してました。残業の内容は、今度の月曜日に予定されている仕事です。よんどころない事情で、あさっては残業必至なんです。この仕事をですね、夢の中でしゃかりきにやってました。延々と。
 私の夢はいつもたいへんリアルで、しょうがないのでこれをもうひとつの生活の場と考えています。睡眠中にも精神的には活動しているわけです。ノンレム睡眠中はもちろんべつですが、私の睡眠はレム睡眠の占める割合がむやみに高いんです。精神活動をしている以上は精神的な疲労は残るわけで、眠っているのにココロはあまり休んでいないという、なんだかとってもかわいそうな状態に陥っておるのです。いつの頃からか割り切りまして、食事が不可欠であるように自分には夢を観ることが欠かせない行為なのだ、と決めつけました。以来、もうひとつの生活の場があるわけです。
 昼間はOL、夜はスナックでバイト。みたいに、どちらも自分にとっては確実に存在する世界です。バイト中に酒を飲みすぎても、宿酔いの頭痛を抱えながら午前8時59分にはタイムカードを押さなければなりません。私の場合も同様です。夢の中で仕事を片づけたのだから、現実には終わってなければならないのです。ところが、どうでしょう。
 月曜日は残業です。
 いかんです。それはちょっと納得できません。アタマの中では理解できているんですが、ココロが承服しかねております。ようやくノルマをこなして「やった~」と叫んだあの喜びはなんだったのでしょうか。そのとたんに目が覚めて、実際にはなにひとつ片づいていないことに思い至りました。不愉快です。このうえなく、不愉快です。
 月曜日には、苦しみながらやり遂げたはずの仕事を、もう一度やらなければなりません。理不尽です。私は哀しい。
 しかし、なんで仕事してる夢なんか観ちゃったかなあ。ワーカホリックなヒトになってしまったのでしょうか。だとしたら、そのほうがずっと哀しいことかもしれません。
 それにつけても、ヤマザキのデザートのCMに出てるきれいな方は。
 あっ。また出たか13号っ。

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042 96.06.22 「彼等の場所」

 日付も変わろうかという時刻だった。
 そのとき私はコンビニのマガジンラック前に立っていた。立ち読みをしようと雑誌に伸ばした腕が途中で止まってしまった。横合いからさっと手が伸びてきて、あっというまにその雑誌を奪い去ってしまったのだ。びっくりして思わずそちらに顔を向けると、レジに向かう彼の背中が目に映った。素早すぎる。中学生のようであった。私は内心で「え~んえ~ん」と泣いた。悠揚迫らざる、って漢字まちがってないかな、そのような態度で手を伸ばしてしまったのが敗因だ。欲しい物は彼のように速攻で奪取しなけりゃならんのだ。正義は彼にある。彼は購入した。私は立ち読みという、その商品の主眼である情報の窃盗を企てようとしたのだ。私としては、じっとうつむいて唇を噛みしめるしかない。ま、そんなこた、しないが。
 私が彼くらいの年頃だった時代にはコンビニエンスストアというものはなかった。あははは、時代だって、なにもそんな大袈裟なことを。しかし井上陽水は十年はひと昔と歌ったではないか、とすれば、ふた昔だぞ。ま、そりゃそうだが。おいおい、こんなとこで自問自答してどうする。
 私が中学生の頃にコンビニがあったら、どうだったろうか。まず考えなければならないのはエロ本というものに対する姿勢であろう。書店と駅の売店以外に雑誌を購入できる場所があるのだ。陰毛の影すら見えないグラビアであっても、それを購入するにはたいへんな勇気が必要であった。それが手軽に入手できる。君達は知らないだろうけどね、我々は実物を目にするまで女性の陰毛というものを見たことがなかったのだよ。あれま、おぢさんの口調になっちゃった。たはは。情ない。
 食生活にも甚大な影響を及ぼしたことであろう。こちらのほうが重要だ。あのう、私及び私の友人どもは部活動が終わった午後七時に、帰りがけに肉屋に寄って揚げたてのメンチカツや串カツを食っておったですよ。この話をすると、同世代のひとにも笑われちゃうんだけどさ。くそう、私も肉まんを食いたかった。カップ麺を食いたかった。おにぎりを食いたかったよう。
 いいなあ、塾帰りで体力つかってないのにいろんなもん食えて。
 やっぱり、闖入者だよな。三十過ぎてコンビニ行ったら。ここはものを売るところじゃない。買うところでもない。そういう行為は必然的に発生するが、産まれたときからコンビニがある世代は、まったく違う風景を見ているように思えてならない。このフィールドは、きっとなにかを生産してくれるだろう。道路を歩くのと同じ気分で店内を闊歩する彼等に、もう任せますよ。私、ただ眺めてますから。
 他愛ない買物をしてレジに向かったら、妙に落ち着かなげなおばあちゃんが入ってきた。「こーり」が欲しいといっている。こんな時間に、切実な買物なのだろう。が、レジにいたアルバイトの学生には通じない。日本語が通じない。おばあちゃんもアルバイトも困り果てている。嘆息して、私は口を出した。「ロックアイスだよ」
 アルバイトはぱっと顔を輝かせて「ロックアイスですねっ」と叫び、すかさず持ってきた。おばあちゃんは丁寧に私に礼を言い、何度もお辞儀をして出ていった。
 私でもまだ役に立つのか。まだ過度期なのか、コンビニは。そうじゃない。私もおばあちゃんもそぐわないのだ。
 でも、行っちゃうんだもんね。なんだか、コンビニってふらふらと入っちゃうんだよなあ。なんでだろ。
 コンビニに対してどう振舞っていいかわからないどっちつかずの世代というものがあるなら、きっと我々がそうなんだろう。密着できず、訪問者にもなれない。
 やれやれ。

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043 96.06.24 「日米誤解書簡」

 妙な電子メイルが届いた。アメリカ合衆国のメイルアドレスで、J. MORRISONと名乗っている。「do you know Mariko Araya?」というタイトルで、「If so contact me. I'm from Las Vegas and would like to talk. Thanks」と言っている。これが全文。モリソンさん、すまん。私はあなたが何を言いたいのかわかりません。あまつさえ、私信を公開してしまいました。すまんすまん。私、日本語しか理解できないんです。個々の単語の意味はかろうじてわかるんだけど、つながるとわからんです。ま、この私に英語を読ませようとしたあなたの読みの甘さが敗因ですね。残念でした~。
「いえい。オレはジムってんだ。ラスベガスで、しがないギャンブラー稼業に精を出すのがオレのしがない日常さ。マリコを知らないか。アラヤマリコってんだ。あんたもアラヤってんだろ。なら、知ってるはずさ。連絡をくれよ。話したいことがあるんだ。悪い話じゃないぜ」というふうに理解したんだけども、すまんジム、マリコという親類縁者はおらんのだ。他をあたってくれ。
 勝手に男性と決めつけてしまったが、モリソンといえばやはりジムということになろう。そういうものだ。
 邪推するに、このジムはアラヤマリコさんという日本人女性の知り合いがいるのであろう。ふられたに違いない。マリコはジムの前から姿を消した。八方手を尽くしたが、マリコの行方は杳として知れない。ジムは姓が同じ人間をたまたまインターネットにおいて発見し、藁にもすがる思いで、電子メイルに思いを託した。しかし、それを受け取ったのは、このような善悪の判断もつかない卑劣漢であった。ああ、ジム。君の思いは、ついに太平洋を越えなかったよ。
 あるいは、ジムは悠々自適の生活を送る退役軍人かもしれない。この短い書面には隠された深い意味があるのだ。「私は、先の大戦後に、一時ニッポンにいたことがあります。アカセンで、素晴らしい女性と素晴らしい時を過ごしました。若き日のよい思い出です。私は今、ラスベガスで何軒かのホテルを経営しています。偶然インターネットで懐かしいファミリーネイムを見かけ、懐かしさのあまりこのように手紙をしたためてしまいました。もしかして、あなたは彼女の子供さんではありませんか。いや、そんなことはありませんね。いずれにしても、久し振りにニッポンの方とお話ししたいと思います。何かのご縁です。連絡をくださいませんか。折り返し、エアチケットをお送りします。スイートルームを用意してお待ち申し上げております。草々」ああ、もしかしたらジムは私の父親かもしれない。そういえば私の髪の色はニッポンジンとは思えない。をいをい、それは白髪だって。う~ん、おれって、ばか?
 ばかです。
 ジムは官憲の手の者という可能性も否定しがたい。「私はラスベガス市警のモリソン警部補だ。アラヤマリコという日本人女性が失踪している。犯罪に巻き込まれた恐れがある。ついては、縁者である貴殿の連絡を乞う」
 はたまた、ジムは誘拐犯かもしれぬ。「あんたの家族のマリコを預かっている。連絡せよ」
 だから、わしはまりこなど知らんというのにっ。
 やはり、ふられた説を支持したいと思う。ラスベガスのホテルのロビーでマリコの部屋に電話をかけるジムのうらぶれた姿が目に浮かぶようだ。そのロビーにいつまでもいられるわけもないぞジム。いいかげん、あきらめたらどうなんだ。
 で、返事を出そうと思うのだが、「あんた、あのこのなんなのさ」って、どんなふうに訳せばいいのだろう。

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044 96.06.27 「O157の重大な欠点」

 まいりましたねどうも。病原性大腸菌O157。複数のひとびとを殺してしまったもんなあ。こういう、本来は狭い世界において分類に使用されていたに過ぎない数字が固有名詞化すると、突如として凄みを帯びるもんですね。B29とか0戦とかね。人を殺すと、なにやら恐ろしげなベールを身にまといます。たかだか分類番号あがりのくせに、その行状によって一躍ヒールになっちゃう。ひとつひとつの字がそもそも重要な意味を持っていないだけに、ふだん表意文字に取り囲まれている私達にとっては、かえって不気味に感じられてしまうわけですね。狂牛病のように具体的なイメージを喚起する文字列も恐ろしいもんですが、私はO157の無味乾燥な名前の方に恐怖を覚えます。
 O157のくせに、人を殺しちゃうんです。O157のくせにぃ。
 もっとも、分類番号が固有名詞化するとすべてが悪役になるわけじゃなくて、D51とか007などのようにヒーローになる場合もあります。憲法第9条、スーパー301条のように重みを持ったりもします。98のように元々は分類番号あがりで、あるときから自ら意識して固有名詞化の道を辿るといったケースもあります。再来年の98のCMは今から楽しみですね。あの猿は語呂合わせしまくるんでしょうか。更には、69の例があります……ううむ、これはちと、違うな。
 なにか重大な個性を発揮して分類番号は固有名詞化するわけですが、固有名詞の時代を生き延びると、いよいよ普通名詞化しますね。十八番あたりがそうです。
 O157がいったいどこまで猛威をふるうのかわかりません。その名は定着するのでしょうか。あくまでネイミングという観点から語りますが、Oがいかんと思いますね。Oが。0と区別がつきにくいのが最大の欠点です。Oと0。あなたのフォントではどうですか。最近では新聞はハイフンを挿入してますね。O-157。なんだか凄みが薄れてしまいました。
 数字が3桁というのもまずいです。冗長だし、憶えにくい。「え~と、ほらO~なんだっけ? あの大腸菌」とは、最近の日常会話ではよく耳にするところです。歪んだ歴史教育の成果によって、私達の頭脳は数字の並びはなかなか覚えられないように訓練されているのです。せめて2桁であればなんとかなったのに、と思いますね。
 結果的にオ~イチゴ~ナナというたいへん発音しにくい事態になってます。発音している時間が文字に比して長い。こういう言葉は市民権を得ないものです。こういう場合、私達には省略という先人の編み出した対応策があります。キムタク、ドリカムの類ですね。しかしO157にはこの知恵が通じません。元を正せば分類番号なので、そのすべてが語られてはじめて区別がつくものなのです。
 O157、たいした輩ではありません。以上のような理由から、私はそう結論するに至りました。
 至るなよ。

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045 96.07.01 「幸福の転送」

 おいしいメイルが届いた。「幸福のメール」とかいうものらしい。差出人はこの役立たずのペイジをよく読んで下さっている奇特な方で、なんだか私はメイル暴露人としての地位を確立しつつあるらしい。あやつに送ればへんてこな作文に仕立てあげてくれるだろう送っちゃえ送っちゃえ、とお考えになられたのではないか。曲解は私の天性なので、そう解釈することにした。実際にたいへんおいしいメイルであって、一読して「うひょうひょこれでひとつ作文できるなうひょうひょひょい」とほくそ笑んでしまった。某アミューズメント会社の方、ありがとう。私は、幸福です。
 一方、こういうチェインメイルは私に届くや否や、つながりが断ち切られてしまうわけで、そうした隠微な愉しみの集積が私のメイルボックスで粉砕してしまうのもなんだか申し訳ないという気もちょっとする。ま、私のもとに届いてしまったのが運の尽きだ。諦めてもらおう。
 私には友達がいないので、転送する相手がいないんです。テレホンショッキングに私が招かれたら、翌日からその企画は壊滅するであろう。紹介するひとがいないのだ。招かれるわけないけどね。
 今回の物件は幸福をもたらすものらしいのでさほどの災禍はなかろうが、こうなると「不幸のメール」というのもぜひ受け取ってみたい。「不幸のメール」の処置に困っている方がいらっしゃいましたら、ぜひとも私あてに送ってください。私にはそのあたりの情緒が見事に欠落しているのでそんなの受け取ってもぜんぜん気にしないし、転送するあてもない。私は今以上に不幸にはならないから大丈夫。ただただ興味がある。誰か送ってくれないかなあ。作文のネタができて嬉しがるに決まっているのだが。私はけっこう暇な人間なので、ネタさえあれば毎日作文したいのだ。ただ、人間がつまらないのでネタが寄りつかない。頼みますよ。
 今回の「幸福のメール」はどうやら日本電気株式会社に端を発しているようだ。よくわからないが、これはNECのことではないだろうか。自信はない。間違ってたらごめんね。システムマイクロ事業部という部署から出てきている。15人ほどを経由して私のもとに届いた。
 内容はというと、ここでは紹介できない。小咄調の面白いエピソードがいくつか綴られていて確かにとても笑えるのだが、紹介しちゃまずい。これって、盗作じゃないの? というのが私の見解だ。読んだことあるよ、これ。最近読んだばかりだが、所在が思い出せない。どこのペイジだったかなあ。謎を謎のままで終わらせると、みなさまも居心地が悪かろうと思うので、ひとつだけ無断転載しちゃおうか。
 『先日、父は、男にフラれて落ち込んでいた姉をなぐさめようとして、「おまえ、人間は顔じゃないぞ」と言うところを、「おまえの顔は人間じゃないぞ」と言ってしまった。』
 これが、「幸福のメール」版。私が読んだのは次のような感じだった。
 『「おまえの顔は人間じゃないぞ」(男にフラれた姉をなぐさめようとして、「おまえ、人間は顔じゃないぞ」と言おうとした父)』
 原典のほうが数段すばらしい。「幸福のメール」版は、全般的に表現に工夫がないのが特徴だ。
 まあ、私の記憶にあるそのページは投稿されたものなので、出どころはひとつだったりするかのもしれないが。そうなると、盗作とはなんだ盗作とは私の名は耕作だ、とか怒られちゃったりするはめになるのであろう。
 いかん。謝らなければ。ごめんね、ぼく子供だからなにもわからなかったの。
 いいのか、そんな小手先の冗談でかわして。訴えられるかもしれないぞ。
 だって、ほんとに子供なんだもん。
 などと事態をうやむやにしつつ、本日のところは遁走するのだ。

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046 96.07.02 「ひとつの時代」

 ひとつの時代が終わった、とは、著名人が亡くなった場合によく聞かれる常套句だ。つまり人間の生命の数だけ、ひとつの時代が存在するのだろう。私が死んだ際にも、葬儀の列席者にはぜひともこの定番フレーズをつぶやいて頂きたいものだ。笑いながら、ね。
 昨日もまた、ひとつの時代が終焉を告げた。キリンラガービールがついに盟主の座から滑り落ちたのだ。アサヒスーパードライに抜かれてしまったのだ。42年の長きに渡って君臨してきた売り上げナンバー1の指定席をとうとう奪われてしまったというのだ。6月の月間販売数量というのが問題の数字。いかんよなあ。ラガーが首位を明け渡すのは、まあ、感慨はあるがべつにかまわない。これまでが異常だっただけだ。代わって登場したのがスーパードライってのがいかん。
 私が憤ってみてもしょうがないが。
 いやあ、スーパードライは好きじゃなくて、ねえ。いじきたないから、出されりゃ飲むけど、もちろん。
 ラガーは苦戦してたもんなあ。あの「生」化で、ゆるやかな自殺の道を本格的に歩み始めたわけだけど、最近の広告展開では「苦味」なんて言葉を持ち出してる。「くみ」ってフリガナが振ってあるのが哀しい。「苦くないビールなんてビールじゃない」って、どうして開き直らないんだろう。どうせシェアは落ち込む一方なんだし。「ビールは味だ」なんて、ぼやけたコピーを振りかざされてもなあ。
 しかしようやく挑戦者の立場を手にしたのだ。これからは「おやじビール」としての立場を明確にしようではないか。「おとうさんにならないと味がわからないビールがあります」といった方向で独自の存在感を示して頂きたいと思う。メインキャラクタは緒方拳できまり。コピーは、「火遊びは終わりです。やっぱりここに帰ってきました」うぐうぐうぐ、ぷは~っ。
 そんなむちゃくちゃな比較広告はやらねえか。ま、がんばってくださいよキリンラガー。私はエビスとかサッポロ黒ラベルあたりを飲んでますから。ゑへへへ、つれない奴ですまん。
 キリンラガーが似合う情景がどんどん少なくなってる。夏の夕暮れの縁側で、竹ざるに茹であがったばかりの枝豆がてんこ盛り、うちわ片手にビールを注げば、乾いた縁側にくっきり残る丸い跡。みたいな情景は、寿司の折り詰めをぶらさげて深夜の通りを千鳥足で歩く酔っぱらいのように、架空の存在になりつつある。しょうがねえよなあ。あれは夢だったのだ。
 今夜はキリンラガーの瓶を買ってきて、ひとつの時代をそっと見送ってあげようかな。枝付きの枝豆も出回り始めたことだしね。

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047 96.07.05 「一円玉と私」

 かねてよりの疑問について本日は更に思考を加えてみたい。私が更に思考した場合、当初の思惑とはまるで違う世界に漂着することが多い。理解が深まるとか疑問が氷解するとかといったなんらかの生産的な方向からはどんどん離れていく。あげくの果てには、どこか別な場所で新たな疑問に直面し、困ってそのまま寝てしまうことになる。
 こんなテイタラクではいかんのではないか。と、思い立った。
 考えてみよう。
 疑問とは、なぜ一円玉を使用できる自動販売機が存在しないか、というものだ。
 一円玉の入手経路は、たいがいお釣りというかたちをとる。一時に入手される個数は最小0個最大4個である。平均すると2個である。このあたり、我ながら完璧な推察である。ゑへへ。一日平均2軒の店で買物をして、その結果4個の一円玉を得るとする。一週間で28円であり、一ヶ月の時が流れると清涼飲料水を1缶購入できる計算になる。しかし、一円玉を110個持っていても、自動販売機の前ではひとはおしなべて無力なのだ。なんの役にも立たない。1個の百円玉ともう1個の十円玉が喜々として活躍するのを横目に、110匹のワンちゃんは、じっと唇を噛みしめることになるのだ。110円が110円の価値を持たない。
 私は衷心から皆様に御忠告申し上げたい。現金で1億円持っているひとがいたとしても、それが1億個の一円玉でないことを確かめてから借金を申し込んだほうがよい。その千円は1キログラムのアルミニウムである。その百万円は1トンのアルミニウムである。借りちゃだめだよ。
 私の場合、時々財布の中から一円玉を取り出して空になったペットボトルに入れているのだが、これがまた異様なスピードでいっぱいになってしまう。買い上げた金額の1の位がどうであろうと、百円を最小単位として支払うからだ。結果的にお釣りに一円玉が含まれる。一円玉が財布の中にたくさんあっても、ぴったり支払えるようにひいふうみいと数える気にはどうしてもなれない。時間がかかるからだ。うしろに並んでいるひとに気兼ねしちゃって、できない。こういうとこで、私は気が弱い。ぱっと多めの金を出して、釣りはそっちで考えてよ、とレジのひとに問題を委ねてしまう。
 なんというか、スーパー・コンビニにその消費生活のほとんどを捧げているという哀しい日常が明らかになってしまって、少々うしろめたい。うしろめたいが、まあそれはしょうがないので現実を直視すると、一円玉で充満した数本のペットボトルの置場所に苦慮する私がいる。ほんとにどう処理していいのかわからない。募金という手段があるが、そこまで能動的にはなれない。引き取りに来てくれるなら、喜んで募金するが。同様の理由で、預金もする気にならない。銀行まで持参するのはあまりに面倒だ。たいした金額ではないし。結局、流通すべき補助貨幣が、流通しないで私の部屋で無意味に滞留している。
 そうして思うわけである。自動販売機で使えれば、と。私にはどうも対人恐怖症のケがあるらしい。情けない話だが。自動販売機だったら、遠慮なくゆっくりと硬貨を投入できる。大量の十円玉はこうして消費される。もっとも、自動販売機であろうと、うしろにひとが並んでいたらすぐさま十円玉の投入はやめてしまうのだが。
 なぜ一円玉が使える自動販売機がないのだろう。ざあっと投入して勝手に数えてくれても構わないのだが。8枚や9枚は投入した実数と違っていてもいっこうに気にしないから、なんとか実用化してくれないものだろうか。私は煙草のみなので、できれば煙草の自動販売機でやってほしい。なんとかならないものだろうか。
 と、疑問を更に思考するどころか、その前段階について語ったところで、もう飽きてしまった。私としても思いも寄らなかった展開だが、まあ私という人物はそういういいかげんな輩だ。呆れ返って頂きたい。いずれまた話題にする機会があるかもしれないが、ないかもしれない。私の今後の言動は、私には予想できない。
 ところで、五円玉も役立たずだよなあ、と思う。

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048 96.07.07 「みんなのカード」

 特殊法人自動車安全運転センター、とは、警察と密接な関係を持っている団体のようです。運転免許証の管理を司っている模様ですが、詳しいことはわかりません。ここから一通の封書が届きました。累積点数がこれこれこのようになったので今後は注意してちょ~だいっ、とのお達しです。身に深く覚えがあることなので、いやもうひたすら反省しておる次第ではございます。
 で、送付された書状ではなく封筒ですね、この封筒がどうも妙なんです。特殊法人自動車安全運転センターの茨城県事務所だけなのか他の事務所でもそうなのかはわかりません。封筒の表の余白部分に、なにやら宣伝らしき文句が斜め丸ゴシック体で印刷されておるのです。この4行のコピーがなんとも摩訶不思議なんですよ。こんなんです。
   おい、お前!! お父さんは、「SDカード」を貰ったよ!!
   なーんだ!! 今頃遅いよ。僕はとっくに持っているよ。
   二人で何話しているのよ!! 今日も「安全運転」いってらっしゃい!!
       ~「SDカード」はみんなのカード~
 ね。変でしょ。ちなみに4行目はひとまわり大きな文字になっています。SDカードとは、1年以上の無事故無違反の経歴証明として特殊法人自動車安全運転センターが発行しているもののようです。その功徳はよくわかりません。
 このコピーは会話調という手法が導入されているようです。順に、父、息子、母の発言と思われます。やけに元気の良い家族のようで、やたらと「!!」を連発する家風がうかがえます。その中で、息子はやや冷静な性格なのか、3フレーズのうち1度きりしか「!!」を用いていないのが目を引きます。免許取得期間、無事故無違反の期間、「とっくに」という発言。以上3点から、この息子は20歳以上と見て間違いないでしょう。どうでもいいことですが。
 父は権力に弱いのか、「SDカード」の取得という事態に我を忘れて狂騒しているようで、なかなか微笑ましいですね。いいおとうさんです。不可解なのはなんといっても母で、奇妙な文法を行使する性癖があるようです。「安全運転」いってらっしゃい!!、とは、なにを意図した発言なのでしょうか。助詞はあまり省略しないほうがよろしいかと思います。何話しているのよ!!、という詮索好きな性向もいただけません。夫と息子を送り出したあとはワイドショウに惑溺するタイプだと思われます。テレビばかり観てないで週に一日くらいは読書などしてみてはいかがでしょうか。余計なお世話ですが。
 私にとっての問題は4行目です。特殊法人自動車安全運転センターは、SDカードはみんなのカード、と定義しています。しかしこのたび交通違反点数を取得してしまった私にとっては1年間無縁の代物です。1年間は「みんな」の仲間に入れません。仲間外れです。ああ、この疎外感。
 ま、欲しくないすけどね、べつに。
 皆勤賞が気持悪いように、SDカードってなんだか気持悪いです。そんなこたあ、とりたてて証明されたくなんかないですよ私。
 どうなんでしょう。世間一般ではSDカードというものは欲しがられているものなんでしょうか。タクシーやトラックの運転手さんとかで所持していると特別手当がつく、なんてケースしか思いつかないんだけど。
 特殊法人自動車安全運転センターって、ええと憶測でものを言いますが、天下りポストを増やすためにつくられた法人なんでしょ。そんなとこから証明されてもねえ。あはは、へんなこと書いちゃった。逮捕されたりして。

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049 96.07.11 「おいしい召し上り方」

 インスタントラーメンを、ちゃんとつくってみよう。
 用意したのは、「サッポロ一番 塩ラーメン」というものである。藤岡琢也のCMで世によく知られている。
 まずは、諸元を確認してみたい。製造者はサンヨー食品株式会社となっている。住所からは、港区赤坂に自社ビルを所有している事実が判明する。同時に、内容量が100グラムであるという事実も明らかになる。そのうち、めんは91グラムだ。原材料に目を転ずれば、この商品は三種の要素から構成されていることが白日の元に曝される。「油揚げめん」「添付調味料」「やくみ」である。それぞれについて、原材料が細かく記されている。特に怪しげな材料は混入していないようだ。クチナシ色素の存在が多少気にかかるが、そんなに悪い奴ではあるまい。渡哲也にめんじて見逃してあげよう。
 以上のような身分証明は主にJAS方面、具体的には社団法人日本即席食品工業協会の指導に基づくものであろう。そんな法人の存在はいま初めて知ったのだが、まあそんなことはどうでもよい。そのスジの用語によれば「調理方法」と標記される行為が、今は問われている。諸元には、「調理方法」は「左欄に記載してあります」となっている。そこには「調理方法」は記載されていない。どうやら、「おいしい召し上り方」という一連の説明がそれに該当するようだ。
 真摯な態度でインスタントラーメンをつくってみようとしているのだが、調理に至るまでに意外にも想像力を駆使しなければならない場面が多く、私はたいへん苦慮している。とにもかくにも、ようやく実践に辿り着いた。早速ガイダンスに従ってカリキュラムを進めてみよう。
 「十分に沸騰しているお湯500ccにラーメンと、あり合わせの野菜を加え、3分間煮てください」
 いきなり、時間が経過しているので驚く。私はかねがね、インスタントラーメンをつくるのに最も適した鍋の形状及び材質はいかなるものであろうかという疑念を抱いたまま今日まで生きてきたのだが、その回答は与えられていないようだ。即席麺業界でも未だ意見の一致を見ない根源的な命題なのかも知れぬ。また、火力を使用できない賃貸マンション等における電磁調理器の限界といった問題にも目を向けて欲しかった。残念だ。
 とにかく、そのへんにころがっていた雪平鍋に550ccの水を注ぎ、ガスレンジにかけて沸騰の時を待つことにした。この行為は「550cc(3カップ弱)の水を沸騰させると約500ccのお湯になります」との注意書きが根拠になっている。沸騰するまでの間に50ccが気体と化すらしい。沸騰させたままにしておくとすべてが気化してしまうので、じっと鍋を注視する。500ccの沸騰しているお湯が必要なのだ。1ccたりとも欠けてはならぬ。が、そのうち目が疲れてきたので、冷蔵庫方面に逃避する。一方で、私は「あり合わせの野菜」を用意するという問題を抱えていたのだ。
 山芋、トマト、春菊、かぶ、セロリなどが蒐集された。よりによって、という顔ぶれである。なぜそんなに個性的な連中ばかりが。謎の野菜室といえよう。しばし黙考し、かぶの葉っぱの部分のみを採用することに私の衆議は一決した。
 ふと気づくと、鍋が沸騰している。私は混乱した。もしかすると、沸騰し始めた瞬間を見逃してしまったのではないか。お湯の量が減ってしまったのではないか。うかつであった。唇を噛みしめ、鍋に水を足し、再び訪れる沸騰の時を待つ。その間にかぶの葉っぱを切る。包丁の切れ味が悪い。研ぎ始める。その作業に没頭してしまった。
 ふと気づくと、鍋が沸騰している。私は惑乱した。(中略)再び訪れる沸騰の時を待つ。
 包丁が研ぎ上がったので、さくさくと葉っぱを切る。横目で鍋に視線を走らせていたのが良くなかったのであろう。指先を切ってしまった。いてててて。絆創膏を探してかけずりまわり、応急処置を終えて再び戦場に舞い戻ると、鍋が沸騰している。私は逆上した。(中略)再び訪れる沸騰の時を待つ。
 このような試行錯誤の時代を経て、ようやく500ccの沸騰しているお湯が得られた。あり合わせの野菜の準備も万全だ。すかさずラーメンとともに投入。なお、「ラーメン」とは、原材料表記において「油揚げめん」とされていたものである。訓練の結果、さすがに私も想像力の働かせ場所を学び、そうした機転を利かせられるようになっているのだ。
 ストップウォッチ片手に3分間煮るわけだが、強火がよいのか弱火がよいのか、そのあたりが記されていないので、不安に駆られる。更には、冷蔵庫の野菜室に入れておく必要がなかったタマネギの存在に気づき、激しい後悔を覚える。なぜ野菜室しか探さなかったのか。ばかばか。と、己の頭をぽかぽか殴っていると、3分間が経過した。
 次のカリキュラムに進もう。
 「めんがほぐれましたら火を止め、スープを加えてください。どんぶりにうつし、切り胡麻を加えてお召し上りください」
 うわあ。どうなっているのだ。「3分間煮る」のか「めんがほぐれるまで煮る」のか、いったいどっちなんだ。新たな難題に直面し、私は当惑した。しかし当惑していると麺が伸びてしまうので、思考停止という緊急避難を敢行し、すかさずスープを投入した。「スープ」とは、もちろん「添付調味料」のことである。ちなみに、「切り胡麻」が「やくみ」であることは言うまでもない。
 こうして精神に著しい疲労を蓄積させながらも、なんとか完成の暁を迎えた。感無量である。こみあげる涙をこらえながら、更に「おいしい召し上り方」を読むと、二点の提案がなされていることがわかった。
 「生玉子で、かき玉風に料理してもおいしいです!」
 「バターをのせますとバターラーメンになります!」
 なにも「!」をつけるほどのことではないようにも思えるが、なんだか微笑ましいのでとりあえず後者を採用することにした。なにしろ、バターをのせるとバターラーメンになっちゃうのである。知ってはいたのだが、「なります!」と言われると、「そうか! そうであったか!」と、妙に得心してしまうのであった。
 その頃、戸外では新聞屋さんが私の部屋に接近しつつあった。
 最初の一口を啜り込もうとしたところで、呼び鈴がなった。集金に来たのである。新聞屋さんは、細かい釣銭をかばんの奥底をかき回して探し出す、支払いが済むと購読期間の更新を求める、といった手法で私の貴重な時間を奪っていった。
 食卓に戻ると、すでにスープは冷め、麺は伸びている。
 ぐすん。

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050 96.07.14 「ところ変われば」

 セブンイレブンがあった。
 需要があればセブンイレブンはどこにでも出現する。ま、セブンイレブンだけじゃないけども。
 とにかく、セブンイレブンがあった。
 私達一行はキャンプに出かけたのであった。キャンプ場ではない。予約が面倒だし金がかかるので、キャンプ場は敬遠しているのだ。要はトイレが確保できれば充分なのである。水道があれば、願ってもない。大自然に恵まれていなくてもよい。私達は戸外で飲酒をして酔っぱらったらそのまま眠れる環境があれば幸せなのだ。キャンプ場じゃなくても、その気になって探せばそういう場所はある。
 たとえば、それは那珂川の中流にある。河原だ。考えることは誰でも同じで、テントやタープがあちこちに張られている。しかし河原そのものが広大なので、キャンプ場のようにせせこましい雰囲気はない。ゆったりと飲酒を享楽できる。すぐ近くに物産センターというものがあり、異様に安い野菜を購入できるのもありがたい。地元農家の皆さま御提供の穫れたての野菜だ。
 去年の夏に、この魅惑の楽園を発見した。久し振りに行ってみたら、物産センターの隣に24時間営業のセブンイレブンが出現していた。河原に訪れるキャンプ愛好者を徹底的に意識したセブンイレブンなのであった。なんと、公道を通らずに行ける。河原側に専用通路があるのだ。
 店内に入ると、需要と供給という問題について、ほとんど強制的に思いを馳せざるを得ない展開となる。
 不可思議な品揃えである。いきなり、木炭の箱が積み上げられている。木炭はキャンプ生活の必需品だ。購入者が多いのだろう。大量にある。発砲スチロール製のクーラーボックスも同様に積み上げられている。これはデイキャンプ派の需要か。この時点で、おれが知っているセブンイレブンじゃないっ、という思いが強くこみあげている。
 日用雑貨の類も奇妙な特異性を見せている。割り箸、紙コップ、レジャーシート、缶切りなど、どんなひとが買ってどこで使うかが歴然とした商品がきわめて豊富だ。更に、カップラーメンのコーナーで眩暈を覚える。品種はさしたるものではない。だが、量が異様だ。なぜ、こんなにも。ぜんぶ売るつもりなのか。弁当のコーナーでも、事情は変わらない。そこは黒い。色彩が黒で支配されている。おにぎりの海苔の色なのだ。すべて売れるのか。本当に売れるのか。
 頭がくらくらになりながら、店内をよろめき歩いていると、更なる衝撃に襲われた。ゑ? 花火? これぜんぶ花火なの? 視界いっぱいに広がる花火コーナー。線香花火から打ち上げ花火まで、質量ともにきわめて豊富なのだ。ここは花火屋なのか。たしか、コンビニに来たはずだったのだが。
 我が陣地に戻り、七輪で焼き鳥を焼きながら、考えた。
 ってことは、スキー場近くにある冬のセブンイレブンでは、ゴーグルを売っていたりするのだろうか。海水浴場近くにある夏のセブンイレブンでは、海パンを売っていたりするのだろうか。もちろん、するのである。需要あるところに、セブンイレブンの供給あり。北京のセブンイレブンはまるで自転車屋のようだし、昭和基地の近所のセブンイレブンでは日本食が豊富なのだ。そうに決まっている。
 やがて陽は落ち、河原のあちこちで花火の曳光が飛び交い始めた。冷たいビールをかっくらいながら、おそるべしセブンイレブンとの思いを噛みしめる私なのであった。
 ま、セブンイレブンにはセブンイレブンの道があろう。
 私は私のビールを飲もう。天に星、地に花火。片手に焼き鳥、心に安らぎ、唇にビール、背中にヤブ蚊を。
 あ~、幸せ。

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051 96.07.17 「アトランタへの期待」

 マジック・ジョンソンとマイケル・ジョーダンは、バスケットボールをやっている。マイケル・ジョンソンはスプリンターで、マイケル・ジャクソンは歌うたいだ。みんな有名である。混乱する。しかし、アトランタにはこの混乱に輪をかける人物が登場するので、私は今からびびっている。マイケル・ジャクソンという人物で、このひとはブラジルの女子サッカー選手なのだ。もう、わけわかんない。いいのか、それで。それは、なんというか、人の道を外れているのではないか。アトランタに道徳はないのか。
 カタカナ表記のマジックといえばそりゃそうなのだが。ああ、またマジックなどと。ほんとにもう。
 この問題で苦労するのは欧米の翻訳小説を読むときだ。テロリストグループに、ジョン、ジョージ、ジョー、ジョニー。対する警察側に、ジェイムス、ジャクソン、ジョーダン。それぞれの妻や恋人たちに、ジェニー、ジェイン、ジュリア、ジョディ、ジャニス。姓と名が入り乱れ、更に愛称が絡む。にわかには性別の判断がつかないものもある。
 迫真の犯罪模様を息もつかせぬ筆致で描くサスペンスの金字塔! とか、言われてもねえ。読んでられませんよ。誰が誰やらわかんないよ、もう。池波正太郎方面へ逃避するしかない。すごすご。
 そういうとこに、たとえばウタ・ピピヒなどというひとが出てくると、嬉しくなっちゃうのだ。ウタ・ピピヒだって。えらいぞ。心が安らぐよな。ウタ・ピピヒだもんなあ。がんばれウタ・ピピヒ。このひとはドイツの女子マラソンランナーだ。2時間半にもわたって私を喜ばせてくれるというのである。いい心がけだ。あっぱれウタ・ピピヒ。すごいぞウタ・ピピヒ。もっとも、アトランタには出場するかどうかわからないらしい。そりゃないぜウタ・ピピヒ。
 他にも立派な方々は大勢いて、真夏のアトランタで大いに私を楽しませて下さる。まずは、オジョギョンを挙げたい。ロシアの男子柔道選手だ。得意技はオジョギョン投げ。うそ。柔道界には他にも逸材が多く、男子のハハレイシビリ、クロイトル、女子のテニョラ、ピエラントッチといった面々の健闘を期待したい。
 更には、スペイン男子サッカーのデラペニャ、ウズベキスタン女子やり投げのシコレンコ、エチオピア男子中距離のゲブレセラシェ、などなど。
 へんだぞ、君たち。応援してるからな。
 まだまだ他にも、無名の英雄はいるはずだ。灼熱のアトランタで、その面白い名をぜひとも誇示してほしい。
 さて、体操である。体操は名前に関して他の競技の追随を許さない一大特典を持っている。難度の高い新技を編み出すと、その人物の名が技の名になるのだ。トカチェフやベーレなんかがそうだ。古くは山下跳びがそうだし、意外にもモリスエという技もある。あの森末慎二がロサンジェルスで披露したものだ。それにしても、コバチはいいよなあ。好きだなあコバチ。鉄棒の技なんだけどねコバチ。今ならガラスの小鉢がもれなくついてます。
 今大会ではタナカという技ができるらしい。タナカはねえだろタナカは。そんなやつ出すなよ。つまんないじゃないか。体操選手は珍名さんでなきゃなれないことにしようよ、ねえ、そうしようよ。珍名さんがどんどん新技を開発する。味わい深い実況が聞けるよ、きっと。
 ムシャノコウジ選手、まずは順手車輪からテシガワラ。ここで、マツトウヤ。1回、2回。連続マツトウヤです。続いて、ダザイ。逆手に持ち代えて、ツブラヤ。更に、イノキ。次に、ベッショ。さあ、フィニッシュです。ショウリキからコヒルイマキ。そして車輪を1回、2回、3回。ムシャノコウジっ。決まったっ。決まりましたっ。10.0。10.0です。金メダルっ。ムシャノコウジ選手、金メダルですっ。
 ムシャノコウジ選手にはドーピングに気をつけて頂きたいと、切に願うものである。
 だから、そんな奴は出ないんだってば。

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052 96.07.22 「悪かったな子供で」

 ハーフタイムとなった。
 スコアは双方とも無得点。
 すこし、望みが出てきた。いやあ、有給休暇をとっといてよかった。やっぱりこういうゲイムは生中継で観ないとね。とにかく、半分までは互角に戦ってる。ディフェンスは予想通り危なっかしいのだが、川口がなんとか0点に抑えてる。敗戦を前提に観ているので、嬉しいったらないですよ。しかしブラジルのディフェンス、あれ、破れるのか。
 試合前にセンターサークルで前園とベベトがペナントを交換しているのを観たときには感動したなあ。夢にまで観たゲイムなのだ。「夢にまで観た」というのは形容でもなんでもなくて、事実なので呆れちゃう。
 最初に観たのは二週間ほど前で、このときは5対1で楽勝した。2点目のアシストは右サイドからあがった私のセンタリングによるものだ。なにしろ夢なので、私も参加している。この夢の内容をともだちに話したら、えらく笑われた。子供みたい、ということであった。悪かったな子供で。
 次に観たのは一週間前。このときは2対3で負けた。私はディフェンスで、ロベルト・カルロスの決定的なシュートを身体を張って止めた。この夢の内容もともだちに話したのだが、もう誰も相手にしてくれなかった。
 そういう、高まる期待とともに、本日を迎えている。
 それにしてもなぜ松下賢次が実況をやるのだ。参ったなあ。これは誤算だった。NHKの衛星放送ということで私に油断があったことは否めない。アナウンサーまでは調べていなかった。参った参った。私はTBSという放送局に好感を抱いていない。例のビデオ問題はどうでもいい。私はちっとも気にしていない。ひとえに松下賢次にスポーツ実況をさせるという点で、TBSの姿勢を疑っている。このひとをアトランタに派遣したことで、その疑いがますます強くなった。TBSはスポーツのことなんかどうでもいいと思っているのだ。
 各局から派遣されたアナウンサーをどう割り振るんだか知らないけど、なにもサッカー中継に起用しなくても、なあ。バスケットのドリームチームとか、松下うわすべり実況にふさわしい場はあるだろうになあ。
 おっと、後半が始まる。観なきゃ観なきゃ。
 ……。
 はあ。
 勝っちゃった。
 あはははは。勝っちゃったよ。
 いやあ、参った。ただいま、試合が終わりました。引き分けならわからないでもないが、まさか勝つとはなあ。ザガロ監督、解任か。
 互角だった前半とは一転して、もう攻められっぱなし。ブラジルの鉄壁ディフェンスを破る必要はなかった。解答は実に簡単で、勝手に破綻するのを待てばよいのであった。バックとキーパーの連携ミスによる限りなく自殺点に近いゴールであった。伊東くん、ぼろ儲け。ブラジルのディフェンス陣、いつまでたってもボールが来ないので、だれちゃったのかもしんない。いやあ今日の試合は楽でいいわ、と悠然としてたとこに、突然ボールと城がやって来たので慌てちゃったんだろうね。御愁傷様でした。
 いや、ほんと、今日はカイシャ休んでよかった。よいものを観させて頂きました。
 次は、あさってのナイジェリア戦か。これも観たくなっちゃったなあ。仮病つかうか。でも、すぐにばれちゃうよなあ。
 なにしろ、私は本日の休みをとった時の休暇届に「日本代表チームを応援するため」と書いてしまったのだ。

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053 96.07.24 「無税大食」

 毎日新聞を購読してるんですが、おとといの朝刊第1面は味わい深かったですね。東京本社の13版なんですが、サッカーの記事なんてどこにもないんです。世界中が大騒ぎしているというのに。トップ記事がなんともいい味を出してました。二子山部屋の藤島一家が脱税した話。あ、いやすみません。申告漏れでした。すみません、私、どう違うかよくわかってないんです。個人的には、脱税の方が景気が良くて好きなんですけどね。
 大相撲界の金の流れがむちゃくちゃなことはみんな知ってるのに、いったいどうしちゃったんでしょう。オカミのホ~シンが変わったんでしょうか。槍玉にあげられたのが、二子山部屋っていうのがまた興味深いですね。どの部屋も叩けば埃が舞い上がるのに、よりによってなぜ財力人気を兼ね備えた二子山部屋が。東京国税局、本気なんだぞ俺たちは、と言ってるんでしょうか。住専問題の影響で、これまで見逃してあげてたとこからも税金を搾り取らなくちゃならなくなっちゃのかなあ。
 相撲はオカミの慰みとして始まったんだから、大目に見てあげればいいのにね。ひょっとすると、二子山部屋、マス席の券をちゃんと東京国税局の幹部に差し上げていなかったんじゃないですか。そんな、奢っちゃいけませんですよ。
 二子山部屋といえば四字熟語です。記事を読んでいると、やけに四文字の漢字が目について困ってしまいます。修正申告、税務調査、必要経費、青色申告。若乃花、横綱になった暁には使ってくれないかなあ。相撲協会からの使者を前に、「今後は横綱の名を汚さぬよう、青色申告して精進いたします」とか。貴ノ浪でもいいや。「今後は横綱の名を汚さぬよう、親方を反面教師にして精進いたします」なんて。
 スポーツ面に行くと、年寄株を増やしたらどうかという提言が載ってます。お、新しい年寄株をつくるのか。どんな名前なんだ。青色親方とか脱税親方とかが誕生するのか。と、色めきたったんですが、一代年寄を横綱全員にとかいう他愛ない提案でした。なあんだ。そんなことをしたら、横綱審議会とかいう不思議な集団がいっそう力を持つだけじゃないですか。輪島や北尾が黙っちゃいないですよ。まさか。
 それにしても、大相撲界というところは話題が尽きないですね。あれだけ人気がある伝統芸能集団なんだから、一般社会の常識を当てはめたりしないで、大相撲保護法なんてのをつくって保護してあげたほうがいいんじゃないですか。無税大食を認めてあげましょうよ。だいたいワイドショーが大っぴらに取り上げていなかったりしますね。あとで取材できなくなっちゃうから。もう、特別の方々です。特に、藤島一家はこのくににおけるロイヤルファミリーなんだし。
 あ、そうそう、ついでに決まり手ももっと増やしましょうよ。「おっと、貴乃花、上手を切られました。国税局、ここで一気に寄っていきます。貴乃花、残せるか。おっと、申告洩れ。国税局の勝ち。金星です。決まり手は、申告洩れです」
 いやあ、今日の私、政治面のひねこびたヒトコマ漫画のようでしたね。

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054 96.07.26 「コイちゃん」

 コイちゃんという人物がいる。
 病弱である。ヨワイ三十三を重ね、その病弱ぶりにはますます磨きがかかっている。病弱だが、大病を患うことはない。
 風邪をひいているのが、常態である。ごく稀に快癒した時期が続くのだが、その折には「気分がすぐれない」「不調だ」と、ぼやく。風邪をひいていないと不安なようである。風邪が悪化し寝込むことも、もちろん、ある。本人の言を借りると「風邪のネストが深まった」とのことであるが、プログラマでない私にはなんのことだかわからない。風邪の上塗りというようなことであろう。
 最近、このコイちゃんが「進化の袋小路」への道を驀進中との報告があった。報告者は本人である。
 コイちゃんは、よく蚊に刺される。蚊を誘うフェロモンを発しているかのようである。が、本人は否定する。「そのような非科学的なことを言ってはいけない。蚊は二酸化炭素を察知するのである。これは私の二酸化炭素の排出量が常人に比して多いだけのことであり、それ以上でもそれ以下でもない。単なる個体差であり、特殊な体質の証左とはならない」との雄弁な反論である。
 知らんよそんなことは。周囲の人間にとっては便利なだけである。私達はよくキャンプ生活を営むのだが、コイちゃんをそのへんに置いとくと、蚊に刺されずに済むのだ。コイちゃんとキャンプをすれば、まず蚊に刺されない。キャンプばかりではない。花火大会でも縁日でも、コイちゃんとともに野外活動をする限り蚊対策はいらない。すべてコイちゃんが受け持ってくれる。蚊取線香のような人物なのだ。遠ざけるのではなくすべて誘引するのだから、モスキートホイホイというべきか。なんにしろ、重宝なこと、この上ない。
 コイちゃんも防衛活動は行う。虫除けスプレイ、という気休めアイテムを一時間毎に身体中に振りまく。一缶を一夜にして消費する。だが、なんの効果もないのだ。蚊の皆さんは、ひたすらコイちゃんの肌に向かう。
 「どうやら、」とは、コイちゃんの述懐である。「私の身体は、私の意に反して蚊に刺されたがっているようである。私が噴射したスプレイであるが、まったく効かない。その効能を中和して本来の効果を無にするような物質が私の体内より分泌されているもののようである。のべつまくなしに蚊に刺され、かゆくてたまらないが、それを快感と感じる瞬間もある。私は進化しつつある。その進化の末には、繁栄がない。行く先は袋小路である。無念やるかたないが、仕方がない。私は、私の運命を甘受したい」
 やけに悲観的なのであった。
 コイちゃんがなんと言おうと、便利なことに変わりはない。人柱となって蚊柱に取り囲まれて頂くのが、コイちゃんの真骨頂であろう。
 コイちゃんの述懐は続く。「やがて私はヤドリギのようになって、蚊と共生していくだろう。私の血を満々と体内に湛えた蚊が私の身体に鈴なりとなるのである。私は、彼等とともに生きていこう。そうして、いつか、進化の系統樹を、私が断ち切ろう」
 悲壮な決意である。なにやら勘違いしているようだが。
 長生きしていただきたいものである。

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055 96.07.29 「真木はどうだ?」

 その電話がかかってきたのは、午後8時半を過ぎた頃であった。
 オリンピックの女子マラソンを、私は観ていた。のんべんだらりん、という態度を隠そうともせず、きわめてだらけきった姿勢でテレビの画面を眺めていたのであった。このようにくつろいでいるときにはその気分を断絶させられたくないので、いつもは電話には出ない。が、なぜかついつい出てしまった。魔がさした、としかいいようがない。
「真木はどうだ?」
 だしぬけに、中年男性とおぼしき声が性急な問いかけをなすのであった。
 私は、反射的に応答してしまった。「は。まだ、集団に埋もれていてよくわかりません。1位はピピヒで、早くも独走態勢です」
 あの松下アナもテレ朝の宮島アナも「ピッピヒ」と発音しておったが、「ピピヒ」のほうが私は好きである。ピピピとかヒヒヒだったらもう、射精しそうなほどに好きだが、あいにくピピヒなのであった。
「あ、これは失礼しました。かけ間違いでした」おとうさんは慌てていた。……妙な間。「そうですか。で、クリスチャンセンは、どうですか?」
「は? そんなひとは出場してませんが。引退したんじゃないですか」
「じゃ、ロサ・モタは?」
「出てませんよ」
 おとうさんおとうさん、ちょいと認識が古すぎますよ。
「あ。これはまた、失礼しました。つい気になったもので、我を忘れてしまいました。すみませんすみません」
 電話は切れた。
 なんだなんだ。いったい、なんだったのだろう。間違い電話だ。それは間違いない。間違いなく間違い電話だ。でも、間違いってなんだろう。どうやら、おとうさんは電話をかけた目的を達しているようである。電話に出た相手は、おとうさんの需要に対応しうる私という人物であった。それでも間違い電話なのか。
 「?」の吹き出しを頭上に浮かべながら、私はなおもマラソンを観つづけた。ピピヒは集団に呑み込まれ、ロバの独走態勢となった。ロバのくせに、やけに速い。イギリスではローバーしか自慢するものがないそうだが、エチオピアではロバがいまイチ押しなのであった。真木は後方に埋もれている。
 おとうさんからまた電話がかかってきたのは、午後10時を回っていた。もう、残り10キロもない。ロバの一人旅だ。
「先ほど、失礼申し上げました三田という者です」と、おとうさんはおっしゃるのであった。
 結局、真木がゴールするまで三田さんと話し続けた。三田さんは曜日と時間に縛られない勤務形態のようで、どうやら夜勤中らしい。日曜だというのに、たいへんそうだ。職場はオリンピックの生中継を傍受しうる環境にはないらしく、そもそもは現在進行しつつあるマラソンの経過を、自らの家族に問い合わせたつもりらしい。市外局番を押し忘れて。
 その電話にたまたま出てしまったのが、この馬鹿者であった。こやつは三田さんの需要に応えてしまった。その後、三田さんは自宅に再三電話を入れたのだが、誰も出ない。妻は町内会のカラオケ大会に、息子は暴走族の集会に、老母は川へ洗濯に出かけてしまったらしい。そこで三田さんは考えた。さっきのあのひとなら、私の期待に応えてくださるかもしれない、と。三田さんは、あえて間違い電話をかけた。
 そうして、私は応えることになったのだ。電話による実況中継を挟みながら、三田さんとの長電話となった。
 やがて、ロバは1位でテープを切った。
「これからは、ロバの時代ですかね」
 と、三田さんは言うのであった。
 ロバの時代。それは、ちょっと、やだな。ま、ラクダよりは、いいか。
「真木はどうですか?」
 三田さんは結局そこへ帰っていった。
「12位ですね」
「またですか」
「またです」
「はあ」
 三田さんは、落胆するのであった。
「まあ、シドニーがありますよ」
 はて。私は、なぜ慰めているのであろう。ううむ、仲良くなっちゃった。
「F1はお好きですか?」
 すっかり打ち解けた三田さんは、そのように問いかけるのであった。
「好きですよ。今日はこれから、ドイツGPの中継ですね」
 うっかり私はそう答えてしまった。あ。いかん。
「ほほう」三田さんの声は喜悦の響きを帯びるのであった。「いや、私も好きでしてね」
 おい。三田さん。本気か。
 マラソン観戦を中断されるのはかまわない。実は、それほど興味があるわけではない。だが、F1は困る。それは、とても困る。私のジンセイにおけるF1の比重は、たいへん高い。耽溺しているのだ。観戦を妨害されたくはない。
「じゃ、また、あとで」
 三田さんは電話を切った。それはちと、なれなれしすぎやしまいか。
 そのうちに、F1中継が始まった。フォーメイションラップが始まった頃、電話が鳴り始めた。長い。やたらに長い呼出音だ。スターティンググリッドに全車が出揃った。いよいよスタートだ。まだ、電話は鳴り続けている。うるさい。しつこいぞ、三田さん。出ないからな。俺は、出ないからな。
 出ないんだからな。
 もうっ。
 ほんとに、もう。
 負けた。私は、電話に出てしまった。
「トイレでしたか。すみません。で、アレジなんですけどね」
 三田さんは、滔々と語り始めるのであった。
 仕事しろよ三田さん。仕事を。

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056 96.08.02 「あわれさんま先生」

 甥の勘太郎が、泣きついてきた。こやつは5年生になるというのに、泣き虫でいかん。喧嘩をして敗北したもののようであった。
「うぎゅぎゅぎゅぐ。ぐしゅぐしゅ」
「まあ、存分に泣け」
 もちろん敗北は悔やむべきことでも恥ずべきことでもないのだが、そんな気休めは通じない。
「だって、うびょびょびょ、ぶぎゅん。だってだって」
「だって、どうした?」
 事情を訊くと、意外にも自分に非があることを認めたので、思わず爆笑してしまった。
「笑うなよお。ごしゅん、ぐしゅしゅ」
「わかったわかった、笑わないよ。うぷぷ。で、そもそも、なんで喧嘩になったんだ?」
 辛抱強く問いかけたところ、他愛ない事情が明らかとなった。子供に限らず、喧嘩の原因は常に他愛ないが。
「それで、勘太郎は、正幸ちゃんと仲直りしたいわけなのか?」
「うん」
 更に勘太郎の要望を聞くと、私に過度の期待を抱いていることが判明した。
「するってえとなにか、仲直りをしたい、と」
「うん」
「それで、仲直りの証拠を残したい、と」
「うん」
「しかも、喧嘩の原因を明らかにして、その経過も残したい、と」
「うん」
 変な発想をする奴である。喧嘩の結果は勝ち負けしかないではないか。
「ふうむ」
 私は古典的習慣に則って、腕組みをし、天井を見上げた。考えてるふり。
「示談書、というものがある」
 と、重々しい口調で私は言ってみた。もはや、「これで遊ぼう」と決めている。ああ、オトナって、きたないっ。
「じだんしょ?」
 勘太郎は小首を傾げた。
「そうだ。子供にはわからないかもしれんが、おとなは、なんらかの揉め事があってそれが話し合いで解決した場合には、そのイキサツを書類にして残すのだ」
「よくわかんないよ」
「わからなくてもいい。俺がその書類をつくってやろう。うひうひ」
 ほんとに、オトナって、きたないっ。
 私は、ワープロを起動した。

             示 談 書

 小泉正幸(以下、「甲」という。)と、原勘太郎(以下、「乙」という。)は、甲乙間で発生した紛争(以下、「本件」という。)に関して以下のとおり合意した。

第1条 甲は、甲所有のソニー社製のゲーム機、通称プレイステーション(以下、「プレステ」という。)を、乙に使用させなかった事実を認めた。
第2条 乙は、甲に対し「けちんぼ」という文言で誹謗中傷した事実を認め、これを謝罪した。
第3条 甲は、前条に規定する謝罪を受諾し、本件に関する乙の行為を不問に付すこととした。
第4条 乙は、甲所有のプレステの使用権が甲にあることを認め、今後は甲に対し使用権を主張しないことを約した。
第5条 甲は、乙の経済事情に配慮し、甲がプレステを使用していない時間には、乙にその使用権を優先的に貸与するよう努めることを約した。
第6条 本件に起因する甲の右肘の打撲及び乙の左手親指の裂傷については、甲乙ともに、自らの自然治癒力によって治療することとし、相互に一切の治療費を要求しないことを確認した。
第7条 甲と乙は、本件の有無に関わらず、親友であることを、相互に確認した。

 本合意の証しとして、本書二通を作成し、甲、乙、双方ともに記名捺印の上、各一通ずつを所持する。

  平成八年 月 日
                       甲  小泉 正幸
                       乙  原 勘太郎
 プリントアウトした。
「いいか、勘太郎。これを二枚つくったから、この名前のあとにな、正幸ちゃんと勘太郎のハンコを捺すんだ。ハンコがなけりゃ、拇印でもいいや。指に朱肉をつけて指紋を捺せばいい。二枚ともだぞ。それで、お互いに一枚ずつを持ってるんだ。これが仲直りの証拠になるんだからな。大切に持ってなきゃだめだぞ」
 勘太郎は、目をぱちくりさせながらうなずいた。よくわかっていないらしい。
「もちろん、勘太郎が先に謝らなきゃだめだからな。正幸ちゃんが許してくれたら、これを見せて、仲直りの証拠を残そうって言えばいいから。それから、二人ともハンコを捺したら、その日の日付を書き込むんだぞ」
「う~ん。わかんないよお」
 私は、その後、小一時間ほどかけてこの書類の意義を説明した。ようやく納得した勘太郎は喜々として帰っていった。
 他愛ない奴。いやあ、すっかりひどいことをしちゃったなあ。
 勘太郎は、正幸ちゃんとともに次の日曜日にやって来た。叩き起こされた。勘太郎は、他にも大勢の友達を引き連れてきた。午前8時だ。あのさあ、君等は毎日が日曜日だからいいけどもさ、俺は明日はシゴトで、しかもさっき寝たばかりなんだよ。
 アパートの部屋は喧騒に満ち、私はあっぱれさんま先生と化した。
「あのね」と、勘太郎。「正幸ちゃんと仲直りしたよ。ね」
「うん」と、正幸ちゃん。「それでね、みんなも喧嘩したから仲直りしたいんだって」
 は? 仲直りしたい? みんな和やかじゃないか。
 勘太郎が言った。「ねえ。みんなにも、ああいうのつくってあげてよ。みんな、あれがほしいんだって」
「あれ?」
「じだんしょ、だよお」
 は。はあ。示談書?
「んんと、要するに、ああいう書類が欲しいのか。みんな」
「うん」と、うん少年合唱団。ハンコを突き上げる子もいる。まいったなあ。
 わからない。世の中、なにがウケるかわからないものだ。まあ、勘太郎のメンツもあろうし、これは何枚でも示談書をつくらねばなるまい。
「あのう、これ」ひとりの少年が一本の缶ビールを差し出した。「みんなでちょっとずつ出して、販売機で買ったの」
 礼のつもりらしい。私は不覚にも、じいいいん、としてしまった。うれしいじゃねえか。みんなでわずかな金を出し合って、この缶ビールを買ったってえのか。え? 泣いてる? よせやい。この俺様が泣くわけねえだろうがっ。ぐしゅん。てやんでいっべらぼうめっ。と、江戸っ子になっていると、肩をつんつんとつつかれた。
 なんだよ勘太郎。せっかくひとが気持ち良く江戸っ子になってるってえのに。
 勘太郎が口をとがらせた。「はやくつくってあげてよ」
 わかったわかった。つくりますですよ。
「じゃあ、順番に聞こうか。誰とどんなふうに喧嘩したのか、教えてくれよ」
 とたんに、全員がわいわいがやがやと喋り始めた。
「あのねあのね、リョウちゃんが」「ちがうよ、キミちゃんが悪いんだよ」「そうじゃないよ」「なんだよ、あれは勘太郎が」「でもそれは」「だって、リョウちゃんは」「正幸ちゃんだって」「ちがうってば」
「こらこら。みんなでいっぺんに話したってわからないよ。じゃ、君の話から聞こう」
 私は、吐息をついた。小学校の先生はつくづく偉大だと思った。
 順々に、脱線しまくる話を辛抱強く聞き取り、そのたびに示談書をつくった。そもそも喧嘩の事実がない関係も相当数あって、彼等には協定書をつくった。全員がそれぞれ相互に書面を交わしたがるのを説得し、丙や丁まで動員したりもした。疲れた。疲れ切った。仕方がない。自分で蒔いた種だ。
 ようやく全員が納得し、それぞれが複数の書類を手にした時には午後3時になっていた。その間、冷やし中華の出前をとる、清涼飲料水やおやつの類を買い出しに行く、などの出費を強いられた。「どうしてスーファミしかないの。プレステやサターンはないの」といった非難を浴びたりもした。「どうして結婚しないの」「モテないんだ」といった謂れのない中傷にも耐えねばならなかった。余計なお世話だっっっ。
 あわれさんま先生とは、私のことだ。
「じゃあ、みんな、これからも仲良くするんだよ」
 やっと彼等を送り出した。
「は~い」
 元気だ。彼等はとてつもなく元気だ。
「これで、俺たちは友達だなっ」
 などと、言い交わしながら賑やかに去っていった。
 う~ん。なんか、勘違いしてるよなあ。
 ドアを締め、鍵をかけ、電話のコードを引き抜き、ばったりと床に倒れ込んだ。私はそれから15時間、眠り続けた。

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057 96.08.08 「うまいビールを呑みたければ」

 うまいビールを呑みたければ、太平楽に行くのがよいとされている。
 それが常識というものだ。社会通念というものだ。真理というものだ。
 もっとも、この常識は私にしか通用しないという重大な欠点を抱えているのだが。
 突如として、うまいビールを呑みたくなる。その狂おしい衝動は抑えきれるものではない。抑えきれるひとや、そもそもそんな衝動を覚えた経験のないひとのことは、ここでは考えない。そんなひとのことは知らん。ほおっておこう。
 は? 四六時中、飲みたい? そりゃあなたアル中です。カウンセリングを受けた方がいいですよ。酒のんでも、うまくないでしょ。うまくない酒を飲むひとのことは知らん。ほおっておこう。
 さあ、関係ないひとはいなくなったぞ。語ろう。
 衝動は、ある日ある時、いきなり訪れる。その使者は顔馴染みであり、誰だってそのときの対応は心得ている。
 なにをさておいても風呂に入る、というひともいるだろう。風呂上がりの一杯はなにものにも代え難い、と考える方々だ。その一途な思い込みを私は讃えたい。
 冨美恵ちゃんとデイトの約束をする、というひともいるだろう。それが紀予子ちゃんでも宣子ちゃんでも瑞枝ちゃんでも、あるいは直樹くんでも隆志くんでもいい。最愛のひとと一緒でなければ、なにを呑んだっておいしくないと考える方々だ。その純真なこころを私は羨ましく思う。
 とにかく、運動をしなければならぬ、汗をかかねばならぬ、というひともいるだろう。ありがとう。なにがありがとうなのかよくわかんないけど、私、そうなんです。
 走る。とにもかくにもこのよにも、走る。住みにくいけど、走る。汗が出る。喉が渇く。ビールがうまい。馬鹿の図式と言えよう。馬鹿だが、ビールがうまけりゃそれでいいのだ。都の西北、早稲田の隣。
 うまいビールを呑みたきゃ、代償がいる。絶対的にうまいビールなんて、ないんだから。うまいと感じるのは喉じゃなくて、こころの有りようだから。なにかしなくちゃ、あるいはなにかしたのでなきゃ、うまいビールは喉を通り過ぎていかない。誰かと一緒じゃなきゃ、あるいは風呂上がりでなきゃ、ビールはうまくない。
 私の勤務先から徒歩10分の距離に、太平楽はある。午後6時に開店するのだが、少なくとも開店の10分前に並ばなければならない。そうしないと、入れない。
 実際のところは、その狭い店内が満員になるほどの人数が店外に並ばないと、太平楽は店を開けない。やってることが、むちゃくちゃなのだ。たいがいは、午後6時10分頃に開店する。需要と供給。むかし習った、交差する謎の二本の曲線を思いだす。
 鶏肉を扱う店だ。焼き鳥、つくね、唐揚げ、鳥刺しなどが、その主なメニューだ。太平楽の場合、主な、というのは即ち、ほとんどすべて、ということになるが。
 つくね及び唐揚げは絶品だ。殊に唐揚げは、唐揚げという範疇を逸脱した、なにかべつの品といえる。塩及び唐辛子を混ぜたものを指でまぶしながら食べるのだが、このまま死んでもやぶさかではないと思う。
 そして、ビールだ。キリンビールの大瓶しかない。ラガーだとかなんだとか、太平楽においてはそのような分類は通用しない。ビールといえばキリンビールに他ならないのであり、麒麟麦酒株式会社が一番絞りだのラガーだのとぐだぐだと言っても、その声は太平楽には届かない。太平楽には、ただキリンビールがあるだけだ。
 太平楽を訪れた者は、キリンビールについてひとつの真理を学ぶ。
 実はそれがたいへんうまいビールであったことを喉で実感することになる。このビールのうまさを引き出す温度の幅が非常に狭いことを知る。その理想的な冷蔵方法を実現している店があることを体験する。
 キリンのラガーは、その温度を理想値に保ち、しかも瓶であれば、これほどうまいビールは他にないのだ。
 たぶん。
 明日、ひさしぶりに太平楽に行くことになったので、嬉しさのあまりつい書いてしまった。走れ、私。喉よ、渇け。
 太平楽は、千葉県柏市にある。

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058 96.08.16 「夜空には花火」

 花火大会ほどわかりやすい資本主義経済活動はないですよね。って、出てくるなり変なことを口走ってますが。いや、昨夜、花火見物の機会に恵まれましてね。いやあ花火はいいなあ。きれいで。
 一瞬で大金が夏の夜空に消えちゃう。どおおん、ぱらぱらぱらぱら。
 あのアナウンスってのが、またいいもんですね。特に都会から離れれば離れるほど味わいが増していきます。
『8番。地域の皆様に御奉仕する熊田虎五郎金物店、提供。5寸、2発』どおおん、どおおん。
『17番。イキの良さなら鮫川鮮魚店、提供。4寸、3発』どおん、どおん、どおん。
「おい、かあちゃん聞いたか。鮫川の奴、今年は3発も上げやがったぞ。くそう」
「いいじゃないのよ。ウチは5寸よ5寸」
「いいや、気に食わねえ。来年は5寸3発なっ」
「じゃあ稼ぎなさいよ、酒ばっかり呑んでないで」
「うぐ」
 きらびやかな大輪の下で、様々な人間模様が繰り広げられていることを想像すると、いっそう鑑賞に味わいが増すというものです。
『23番。村づくり50年の馬田建設、提供。8寸10発。連発です』
「うははは、見たか。次期村議会議長の実力を」
「いやあ、馬田社長、奮発したものですな」
「いや、なに」
『36番。新鮮第一・スーパー亀山、提供。スターマイン』
「なにっ、亀山の野郎がスターマインだとっ」
「ははは、馬田さん、次の議長は亀山さんですかな」
「ぐぐぐ」
 政治があり暗闘があります。たまりません。アナウンスを聞くたびに提供者の背景に思いを馳せ、ひとり悦に入る私なのでした。
『49番。鰻田地区の雀野義幸さん加奈子さん御夫妻が長男幸雄ちゃんの誕生を記念して。4寸、1発』
「まいったなあ。1発じゃ、かえってかっこわりいじゃねえかよなあ」
「なによ、ウチの親に文句つける気?」
「あ。いやいや、そんなことねえよ加奈子。けどなあ」
「けど、なによ?」
 夜空には光と音の競演。地上にはトラブル。
『62番。兎島伝次郎さんが曽孫の由香里ちゃんの誕生を記念して。5寸、5発。連発です』
「うむうむ。さて、来年は誰が子を産むのかの? 道男のとこはまだかの?」
「去年産まれて、打ち上げたじゃありませんか」
「そうだったかの。芳子はどうかの? 博幸はどうだったかの?」
「芳子はまだ高校生です。博幸はおととし死にました」
「ほう。それは残念なことをしたのう」
「それよりおじいちゃん、もうお金がないんです。今年で終わりにしましょう」
「山をひとつ売ればよいではないか」
「もう売れる山なんてありませんよ。不動産屋さんも見向きもしない土地しか残ってません」
「そうだったかの。じゃあ、儂がひとつ村長にかけあって、儂の土地にゴルフ場でもつくらせようかの」
 カネです。カネがあるひとは誰でも花火のスポンサーになれるのでした。
 その後、村内の様々な方々の米寿、定年、銀婚式などを祝う花火が打ち上げられました。なんだか、瓦番のような花火大会です。ここに来ないと村内の動向がわからず、日々の生活の中で困ったことになるのでしょう。
「おう、ここだここだ。ここならよく見えらあ」
 どやどやと乱暴な物音がして、いきなり背後が騒がしくなりました。
「ちょいと前のみなさん、しゃがんでもらっちゃくれませんかね」
 丁寧な言葉使いですが、明らかに威嚇の声音です。なんだよなんだよ。
『110番。「鷲谷組長、出所おめでとうございます」組員一同、提供。尺玉、1発』
 ひえっ。私はコマネズミのように慌ててしゃがみました。
 ひゅるひゅるひゅる。どおおおおおんんん。ぱらぱらぱらぱら。
「ありがとうよ、みんな」
 組長のドスの効いた声は、心なしか湿っていました。

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059 96.08.16 「私はカイワレを食べたい」

 菅直人厚生大臣(以下、「菅ちゃん」と呼ぶ。)が今朝の新聞の第一面で、カイワレ大根を食べている。昨日のニュースでも食べていた。何回食ってるんだ。おいおい。
 いいなあ、菅ちゃん。カイワレ大根を食べることができて。羨ましいなあ。俺なんか、カイワレ大根を求めていったい何軒のスーパーを巡り歩いたことか。
 いいから、売れ、俺はOなんたらは気にしないし、たとえ発病したってどこで入手したかは黙秘するから、あんたがたに迷惑はかけないから、なあ、頼むよ、倉庫に隠してるんだろ、売ってくれよう。
 まさか、野菜売り場でそんなダダをこねたりはしないが、三面怪獣ダダ。とにかく、ふつふつと湧き上がる理不尽な怒りを抑えつつ、幻のカイワレ大根を探し求めてスーパーの野菜売り場を徘徊する昨今だったのだ。
 親しい人々にも秘匿していたのだが、実は私はカイワレ大根中毒者なのだ。カイ中だ。カイワレ大根を食べないと生きていけない哀しい体質なのだ。好んで毎日食していたところ、いつしか中毒者になっていた。禁断症状も出る。カイワレのことばかりを考えて、夜も眠れない。やっと眠れたと思ったら、カイワレ大根の海で溺れ死ぬ夢をみる。
 南野陽子も被害者かもしれないが、私だって被害者なのだ。南野さん、ともに手を取り合って頑張って生きていこう。取り合わないって。
 仕方がないので、自分で育て始めた。幸い、カイワレ大根は10日ほどで収穫できる。芥子を育てる人々の気持がわかった。これはハマる。惑溺する。はやく大きくならないかなあ。帰宅するや否や、まず育ち具合を確認する。在宅中には一時間毎に様子を観察する。産室の前でうろうろする夫のような心境だ。いてもたってもいられない。
 まだ収穫までには間がある。その間に、禁断症状のあまり私は犯罪を犯してしまうかもしれない。心配だ。そうなったアカツキには、この一文を関係当局に提出して犯行時の私が心神耗弱状態にあったことを立証して頂ければ幸いだ。
 菅ちゃんが食べていたカイワレ大根は「農水省の売店を通じて埼玉県から入手した」らしい。厚生省ばかりではなく、農水省まで動いたらしい。
 私にはそんな力はない。菅ちゃんずるいぞ。「3パック分をほおばった」というではないか。食いすぎだ。俺にも分けてくれ。俺と菅ちゃんの仲じゃねえか、って、私は何者なんだ。菅ちゃんにとってはただのパフォーマンスなんだろうが、私の場合は食わないとちょっとまずいことになるのだ。「茨城県取手市でスーパーに強盗。カイワレの禁断症状と、犯人は意味不明の発言」などと新聞の見出しが脳裏を横切る。
 菅ちゃんの行為で気になるのは、ドレッシングの存在だ。あれはマコーミックのしょうゆドレッシングだ。いいのか。キューピーは怒らないのか。コダックとフジの例もある。ひょっとすると通産省も介入して、摩擦の発生を未然に防ごうというカラクリなのか。別の容器に移し換えれば済むことなのに、わざわざカメラに写るようにマコーミックのドレッシングを置くというのは、やはりなにか意味があるのか。
 カイワレ大根を食うのも大変だ。
 菅ちゃんも大変だろうが、私も大変だ。
 食べたい。

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060 96.08.18 「私、つくる人」

 ナイター中継を横目に、タマネギをみじん切りにしていたら、電話が鳴った。泣きながら出る。
 宅配便の配達員からだ。私のアパートを発見できない、という。ううむ。たしかにちょっとわかりにくいからなあ。
「ローソンの手前を右に入るんですね」
「そうそう」と、涙を流しながら答える私。
「泣いてるんですか。なにか御不幸でも」
 さしでがましい人だな。「いや、ちょっとタマネギ切ってたもんで」
「あ。そうですか。安心しました。よかったよかった。じゃ、伺いますから」
 はて。なにがよかったというのだろう。妙な人だ。
 タマネギを炒めていると、また彼から電話がかかってきた。片手で木べらを動かしながら話す。コードレスはこういうときには便利だ。
「ローソンが見当たらないんですよ~。どんなローソンですか」
 どんなって、あなた。ケーキに立てるローソンや仏壇に立てるローソンがあるわけない、って、それはローソク。
「え~と、少なくとも店長は高嶋政伸じゃないな。中山美穂も買い物に来ない」
「ふざけないでくださいよ~」
「だって、ローソンはどこも似たようなもんでしょう。どんな、って言われても」
 タマネギがいい色になってきた。今日の火加減は、ばっちりだ。
「そりゃそうなんですけど~」
「で、どのへんにいるの?」
 詳しく聞くととんでもない場所にいることがわかった。住宅地図を営業所に忘れたという。そんないいかげんでいいのかな。私のが最後の荷物というのがせめてもの救いか。こちらにはもう外出の予定はない。
「まあ、のんびり来てよ」
 詳しい道順を伝え、電話を切った。
 肉、ニンジン、ナス、マッシュルーム、水などが投入され、鍋が煮立ってきた。アクを救っていると、また電話だ。
「ローソンの手前に横道なんかないですよ~」
「まさか」
 よく聞くと、こちらの想定したローソンを通り過ぎて、次のローソンまで行ってしまったらしい。なぜ見落としたのであろう。不思議だ。
「もう、参りましたよ。オレ、もうハラへっちゃって」
 そんなこと知らないよう。
「まあ、ともかく、頑張って来てよ」
 カレールウを投入した。あとはじっくり煮込むだけ。ついでに荷物を待つだけ。
 ところが、いくら待っても彼は来ない。どうしたんだろう。ナイター中継は終わってしまった。
 カレーを食べる用意ができたところで、ようやく呼び鈴が鳴った。
「お。やっと来たね。御苦労さん」
「いやあ、そこのローソン、改装中だったんですよ。真っ暗になってて気がつかなくて。オレ、もう、同じ道を何度も行ったり来たりしちゃいましたよ」
 あらま。
「そりゃ、悪いことしちゃったな。そうかあ、改装中だったのか」
「いやもう、ハラはへるは心細くなるわで」
 冬山で遭難したみたいな言いようだ。たしかに、最初の電話を受けたときはまだタマネギ刻んでたんだもんなあ。
「すまんすまん。そんじゃ、カレーでも食べる? ちょうどできあがったとこなんだけど」
 はて。そこまでする義理は、ないよな。しかし、私は無思慮にこういうことを言い募ってしまう癖があるのだ。
「ほんとっすか。いただきますいただきます」
 無邪気に喜んでいる。
 結局、3皿も食いやがった。えらい食欲だ。
「いや~、ごちそうさまでした。うまかったです」
「そりゃ、よかったよかった」
 はて。なにがよかったというのだろう。私も妙な人だ。

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