240 00.02.05 「初代王者はハナゲン君」

 試しに定規を当ててその寸法を計ってみたところ、54mmもあった。大物である。未公認ではあるが、自己最高記録であろう。もっとも、公認記録はない。いや、あるのかもしれない。ギネスブックあたりに。世界最長の鼻毛は、1986年にスペイン人ベラレス・サンチェスさんの鼻腔から摘出された98.4mmである、といった記述がなされているのかもしれない。サンチェスさんはその頁に栞を挟んで持ち歩き、女友達に鼻高々に開陳して鼻に掛けては鼻の下を伸ばしているのかもしれない。サンチェスさんはそういう鼻につく行為を繰り返す鼻持ちならない輩であるのかもしれない。目を醒ませサンチェス。鼻毛が長かったくらいで自分を見失ってはいかん。
 実際のところは、記録をつくろうと思えば伸ばし続ければよいわけで、抜いたり切ったりしなければ、かなりの長さの鼻毛が得られるのであろう。リボンを結んだり三つ編みにしたり、といった展開も考えられよう。更には、横に伸ばして頬に貼り付かせるように蚊取線香状にカールさせれば、あなたもほら、天才バカボンに。
 ま、なりたいひとはいなかろうが。
 そういえば、鼻毛を伸ばした偉人としてバカボンのパパという傑物がいるが、氏の鼻毛は直毛であった。
 先ほど私の鼻の穴から産出された54mmの物件も、直毛である。またひとつ氏とのささやかな類似点が発見されて、ちょっとうれしい私であった。
 なんだか捨てるのが惜しい気がして、私はセロテープで壁に張った。今後、これはと思われる物件が発掘された場合、比較して最長記録を伸ばしていきたい所存である。とりあえず初代チャンピオンは54mmのハナゲン君である。どうしてそういう名前がつくのか、そもそもなぜ鼻毛ごときに名前が必要なのか、それは私にもわからない。
 ハナゲン君を眺めながらつらつら考えているうちに、ハナゲン君はひとつの事実を証明していることに気づいた。私の鼻の開口部から奥へ54mm程度入り込んだ位置に、ひとつの毛穴が存在するわけである。そんな奥のほうで私に隠れてなにをやっていたのかと思えばなんのことはない、鼻毛を生やしていたのである。そんな奥深いところから、外界に向かって懸命に鼻毛という触手を伸ばしていた毛穴である。まさか、そんな存在をこの私が有していたとは、今の今まで知らなかった。自分のことは自分ではなかなかわからないものである。
 その毛穴のそのまた奥でひっそりと暮らしているのは、毛根である。ハナゲン君の産みの親、ハナゲンのママである。毛根があればまた生えてくる、とは育毛剤のCMがつとに語ってきたところであり、思えばこれまでにも幾多の54mm内外の鼻毛を産み育ててきたに違いない。毛根の中の毛根、ハナゲンのハハである。まさか、そんな存在をこの私が有していたとは、今の今まで知らなかった。自分のことは自分ではほんとうにわからないものである。
 やはり、次代の王者もハナゲンのハハが産み出すのであろうか。それともその更に2mm先にまた別の毛根があって、蒙古が外海を目指したように外界への進出を目論んでいるのであろうか。最奥部に牢名主のような存在の毛根の主がいて、その真の実力を発揮する機会を伺っている可能性も否定し難い。興味は尽きない私の鼻の穴である。
 この先いかなる戦いが繰り広げられていくのであろう。最長防衛記録はどこまで伸びるのか。白毛の王者は現れるのか。60mmの壁を越える日は来るのか。
 初代王者ハナゲン、その君臨はいったいつまで続くのか。
 頑張れ、ハナゲン。サンチェスさんも応援しているぞ。

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