083 96.12.09 「クリスマスといえば」

 日曜日に勘太郎が遊びに来た。私の甥で小学5年生だ。
 時々、さしたる用もなくやって来る。ゲイムをしたり漫画をみたりして、好き勝手に過ごして帰っていく。腹が減ったからなにか食わせてくれと所望することもある。
 最初は大人しく漫画をめくっていた。だが、どうも妙だ。いつもと違う。ペイジをめくるのを忘れて、ちらちらと私の様子をうかがう。なにか言いたいことがあるらしい。
 面白いのでほおっておくことにした。私は読みかけの池波正太郎を手にした。
 勘太郎は、時折、顔をあげて口を開こうとするが、そのまま押し黙ってしまう。私は文庫本から目を離さないのだが、勘太郎は正直な奴なので、気配ですべてばれてしまうのだ。正直な上に、気が小さい。
 何度も言いあぐねては、決心が鈍ってそのまま黙り込んでしまう。うひひひ、小心者め。
 やがて、ついに意を決したらしく、うわずった口調で申し述べた。
「ねえ。12月25日って、なんの日だか知ってる?」
 見ると、上気している。息が荒い。
 私は心中で爆笑した。なるほど。クリスマスプレゼントの無心か。
「25日? さあ? 誰かの誕生日か」
 私は、素気なく言い捨てた。
「え~~~~っ。知らないの~~~~っ」
 勘太郎は鬼の首を取ったようなはしゃぎようだ。もっとも、私はまだ鬼の首を取った人物を目撃したことはないが。
「クリスマスだよう。クリスマスっ」
 ようやく思惑の話題に到達して安心したのか、勘太郎は無邪気に喜んでいる。底が浅い奴だな。
「そうか、クリスマスか。そういえばそうだな」
「ね。そうでしょそうでしょ」
「それが、どうかしたか」
 私がにべもなく言うと、勘太郎はとたんに言葉を失った。
 考え込んでしまった。こやつはまだ私の性格を把握していないのか。
 しばし思い悩んでいた勘太郎の顔が、やがてぱっと輝いた。やれやれ。またどうしようもないことを言いだすらしい。私は待ち受けた。
「クリスマスといえば~」
 勘太郎は甲高い声を放った。
「うんうん。クリスマスといえば」
 円楽師匠になって、先を促す私。
 勘太郎は、大きく息を吸って、一気に言った。
「クリスマスプレゼントだよねっ」
 どてっ。私は、コケた。
 まいった。いや、それは予想もしない展開であった。その手口は読めなかった。いやはや、まいった。正攻法とでもいうのだろうか。その手法は新鮮であった。私は、降参した。
「わかったわかった。わかったよ、もう。で、勘太郎は何が欲しいんだ?」
「プレステっ」
 勘太郎は、満面に笑みをたたえて宣言するのであった。もはや買ってもらえる気分になっているらしい。
 甘いな。甘いな、勘太郎よ。世の中はキビシイのだ。
 私は瞬時に戦略を組み立てた。プレイステーションということであれば、私もいささかの考えがなくはない。
「お母ちゃんはなんと言ってるんだ。俺にせがむ前に、お母ちゃんに頼んだんだろ」
「う。う~ん」
 勘太郎は言い淀んだ。予想通りだ。
「だめだって、言うんだ。ゲームはだめなんだって」
 ほんとに正直な奴だ。すこしくらい嘘をつけばいいのに。
「ふむ。じゃあ、俺も買ってやるわけにはいかんなあ。おまえのお母ちゃんに怒られちゃうからな」
「そうかあ」
 落胆が、勘太郎を押しつぶした。
「しかし、こういう手もある」
 私は、間をおいて、おごそかに述べた。
「え。どういう手?」
 歓喜が、勘太郎を貫いた。落胆したり歓喜したり、どうも忙しい奴だ。
「俺がプレイステーションを買おう。俺のものだ。この部屋に置く。勘太郎は、好きなときにやりにくればいい」
「え。え。それじゃ、ええと、ええと」
 勘太郎は混乱した。
「ソフトは勘太郎が買えばいい。お年玉で買うといいだろうな。とはいっても、ソフトだけを持っていてもしょうがないので、ここに置いておくといい。どうせここでしか使わないんだからな」
「ず、ずるいようっ」
 やっとカラクリがわかったらしい。勘太郎は口を尖らせた。
「ふむ。ずるいか。じゃあ、仕方がない。買うのはやめよう」
「え。え。え。だめだよう。買わなきゃだめだよう」
「なんだよ、俺はどうすりゃいいんだ」
 勘太郎は考え込んみ、やがてふてくされたように言った。
「買うと、いいと思う」
 うひひひひ。また騙しちゃった。オレって、ひどい。
 しかし、敵もさるものであった。
「でも、飽きたら、僕にちょうだいね。いらなくなったものを貰うんだったら、お母ちゃんも怒らないと思うから」
 どきっ。
 勘太郎は、飽きっぽい私の性格を熟知しているのであった。

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