076 96.10.28 「カイワレ大根ありき」

 先頃の新聞報道によると、農水省がカイワレ大根生産に関する衛生管理の新基準を策定したのだそうで、適合製品には認証マークとやらがつくのだそうだ。なにやってんだか。そんなマークに振り回される私ではないぞ。
 その後、カイワレ大根中毒は更に進行し、もはや取り返しのつかない状況に陥っている。寝ても覚めてもカイワレ大根のことしか考えられない。
 たとえば、昨日はこんな調子だった。道端の雑草がカイワレ大根に見えて仕方がない。「いかんいかん、あれは雑草だぞ雑草。摘むなよ摘んじゃだめだからな」言い聞かせていたはずのに、ふと気づけば路傍にうずくまりオオイヌノフグリなどを手折っている。はっ、と我に帰り立ち上がろうとしたら、通行人の邪魔となっていたらしく怒鳴られてしまう。「なにしとんかい、われ」大阪は河内出身の方であろうか。私は謝罪する前にその言葉尻を捉えてしまう。「え。かいわれ? どこどこ?」辺りをきょろきょろしてしまうありさまだ。
 五感を通して取り込まれる事象のすべてが不毛な連想を呼び起こし、カイワレ大根へと収斂していくのであった。熱に浮かされている。鏡の中の自分に向かって「私、恋をしているのかしら?」などと、ふと呟いてしまう秋の夜なのであった。馬鹿まるだし。ろくな死に方はしないだろう。
 幸いなことに、もはや入手は簡単。禁断症状に悶え苦しむことはない。どこのスーパーでも売っている。大量に購入して快適なカイワレ生活を満喫する毎日だ。あらゆる料理にカイワレ大根をぶち込んでしまう。載せてしまう。添えてしまう。現在のところまで、カイワレ大根が合わない料理はない。まずカイワレ大根ありき、で献立を考えるからだ。いかに偏食かが露呈してしまうが。食べきれない分は、水盤に水を張って鑑賞している。ほおっておくと横方向へ広がって生長し、いささか面倒なことになるので、あまりお勧めできない。
 目下の問題点は、スーパーの商品配置基本計画に注がれている。なぜスーパーは一種類のカイワレ大根しか置かないのか。その流通戦略においていろいろと思惑はあるのだろうが、やはり消費者に選択の自由を与えていただきたい。カイワレ大根生産者にもいろいろあって、それぞれに微妙に異なる味わいや歯触りがある。今のところ私のお気に入りは、三和農林株式会社の「かいわれちゃん」だ。抑えた辛さと程よいシャッキリ感が絶妙のハーモニーを奏でる逸品といえよう。
 とりあえずスーパーは精肉を売るのをやめて、そのぶん野菜売場を拡張するのがよいのではないだろうか。私はちっとも困らないので、ぜひ英断していただきたい。カイワレ大根だけではなく野菜全体のことを考えているのだ。私も大人になったものである。
 疲れてきた。偏食が祟っているのか、最近めっきり体力が衰えてしまった。ひとっ風呂あびて、寝ることにしよう。
 もちろん、カイワレ風呂である。

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