トゥールーズ瞬間滞在記《0》


6月10日(水) 渡航前夜


 詳しい旅程表が届いたのは、出発の三日前である。およそパッケージツアーというものは、ぎりぎりまで宿泊施設や交通手段の確保におおわらわであり寸前まで日程が確定しないそうだが、それにしても三日前はなかろう。綱渡りの気配が濃厚である。
 本当の問題は、ホテルや航空機などではなく、観戦チケットそのものの確保にあったことが翌日になって判明するのだが、この時点ではわからない。

 仕事を終え、夜の九時すぎに家を出た。時折にわか雨が通りすぎる慣れない夜道を、地図と首っ引きで走り、十時すぎに東武成田ホテルに辿り着く。なにも前泊する必要はないのだが、このホテルは今回のツアーを組んだJTBと提携しているらしく、格安料金で宿泊できるほか、一泊でもすれば旅行中の駐車料金がタダになるのである。
 チェックイン後、先着していたコイちゃんと連絡を取り合い、早速バーへ。泊まったホテルにバーがあれば欠かさず襲撃する習慣は、私が自分に厳しく科している鉄の掟である。実行されねばならない。ビール一杯並びにブラディメアリ二杯を、そのウィンドウズという名のバーで消費した。こんなに量の少ないブラディメアリは初めてだ。どうなっておるのか。ビル・ゲイツの差し金か。
 コイちゃんが不穏な情報を入手していて、旅の前途にいささか暗雲が漂う。なんでも観戦チケットを確保できていない旅行代理店があるのだそうだ。そんな無茶苦茶な話があるものか。観戦チケットは、ツアーの根幹ではないか。観戦チケットがなかったら、ツアーが成立しないではないか。私はそう一笑に付したのだが、コイちゃん情報によると、ツアー中止のやむなきに至った旅行代理店が出ているのだという。
 どうなっておるのだ。
 しかしまあ、我々の場合は、デフォルトのカテゴリー3なるシートをオプションでカテゴリー2にグレードアップしているくらいだから、まさか観戦チケットがないなどということはなかろう。コイちゃんと私はすかさず楽観論者と化し、嫌なことは忘れようという後ろ向きの態度をとるのであった。

 部屋に戻り、故意の寝不足を招くべくブラジルvsスコットランドをテレビ観戦する。途中でうとうとしてしまい、ベッドに倒れ込み浅い眠りに落ちた。当然のごとく、ツアー中止の悪夢にうなされる。
 目覚めると、悪夢は明確な形をとって、事実としてそこにあった。


目次へ | 翌日へ



「おまけの雑文」の目次へ | 『雑文館』の目次へ