93/02/04 「ゴエモン風呂についてジャニスと語る」
ジャニスは日本文学を学ぶためにはるばるアイオワ州からやってきた留学生である。 とても上手に日本語を話す。 「おう。わたしニホンゴじょうずね。シュンプウテイ・リュウチョウに話せるね」 このように駄洒落もこなす。デイブ・スペクターの親戚かなにかであろうか。 浮かんだ疑問はすぐに解決したがるという性急な性格もジャニスの特徴だ。 「ゴエモン風呂とはなんですか?」 どこかでその名を聞きつけてきたらしい。 「風呂の一種ではあるな」 「どんな風呂ですか? ゴエモンとはなんですか?」 「ゴエモンというのは人名だな」 「ドザエモンとは違いますか?」 「違うよ。ドザエモンってのは、未来からやってきて……」 「オイオイ。それはドラエモンだって」 すかさずツッコミを入れてくる。ジャニスは漫才にも造詣が深い。 「ええとね、ゴエモンというのは石川五右衛門という大盗賊のことでね」 「おう。ルパン三世ですねっ。ザンテツケンですねっ」 アニメの造詣も深いようだ。 「いや、それは子孫なんだよね」 「ゑ? ルパン一世というアニメがありましたか?」 「ないけどさあ。石川五右衛門というのは豊臣秀吉に死刑にされた人でさ、ほら、歌舞 伎であるだろ、絶景かな絶景かなっていう」 「歌舞伎はグレート・カブキしか知りません」 偏った知識だなあ。 「あ。歌舞伎町のホストクラブ・ガーベラは知ってます」 知らねえよそんなの。日本になにをしに来たんだ。 「まあ、彼は釜茹でにされたわけだよ」 「カマユデとはなんですか?」 「要するに煮込まれたわけね」 「あっ。ゴエモン風呂というのは鍋の一種なのですかっ」 どうしてそうなるんだ。 「深い鍋ですね。業務用ですか。キタザワ産業で売っていますか?」 「鍋じゃないってば」 「違いますか?」 「風呂なの、風呂」 「でも、そんな熱い風呂に入ったら死んでしまいます」 「だから、石川五右衛門はそれで死刑になったんじゃないか」 「死んでしまうような風呂には入りたくありません」 「いや、だからね、石川五右衛門が釜茹でにされたときのようなスタイルの風呂を、ゴ エモン風呂っていうようになったの」 「そうですか。それは混浴ですか?」 温泉じゃないんだっ。 「ひとりしか入れないよ。狭いの」 「狭いバスタブなんですね」 バスタブ、ねえ。 「シャワーはついてませんか?」 「ないよそんな高尚なもん」 「そうですか。でも興味深いです。どこに行けば入れますか?」 どこに行けばいいんだろう? 「駅前の亀の湯ではダメですか?」 「いや、そういうもんじゃないんだけど」 「イトウエユクナラハトヤでは入れませんか?」 そのすべての文字列をひとつの固有名詞だと思っているようだ。 「カネを出して入るもんじゃないんだけどなあ」 「わかりません。どんな人々が利用しているのですか?」 「底辺の庶民がひと昔前に使ってたんだよ」 「ジュウヨウブンカザイでしたかっ」 かくして、民間レベルでの日米相互理解はすれちがい続けるのであった。