93/01/07 「それは世間によくある話」

 たとえば灰皿の立場に立ってみれば、相当な熱を持った煙草を毎日何度も自らの皮膚
に押し付けられているわけで、それはそれでかなりの苦痛と忍耐を強いられているに違
いない。それが彼の生来の仕事ではあるのだが、時には根性焼きの日常を脱却して太陽
がさんさんと降り注ぐワイキキビーチでハイレグのおねえちゃんを眺めながらこんがり
と肌を焼いてみたいというようなたわけた夢を抱いているとしても、彼を責めることは
できない。ほとんどすべての灰皿が自らの意思で行動できない現状を鑑みると、あるい
はこれはいささか唐突に過ぎる夢であるのかもしれない。しかし灰皿とて己の人生を意
のままに全うする権利はあるだろう。それが小市民的な型にはまった願望であっても、
その尊さは他人に推し量れるものではない。願望というものは、きわめて個人的な事情
に立脚しているのが常である。儚いといえばこれほど儚い夢もないが、彼を笑うことは
できない。重さを量るのに、三角定規は使えない。
 千載一遇のチャンスが訪れてめでたく海外渡航の夢がかなった灰皿であったが、誰の
現実もそうであるように、彼の理想とはあまりにかけはなれた境遇が彼を待っていた。
理想は裏切られるために存在するという人生力学の第一法則を学ぶ機会が、彼にもよう
やく訪れたのだ。誰の人生にも転機はある。それが取るに足らない灰皿のものであって
も。
 エレナ・サントスは邦貨126万円を手にして三人の弟と二人の妹が待つマニラ郊外
の自宅に戻ってきた。日比両国の法を犯さずさしたる病歴もなく無事に大金を手にして
我が家に戻って来られたエレナは、たいへんに幸福であったといわなければならない。
彼女の唯一の不幸は、三年振りに逢えた幼馴染みのフリオのあまりの変わりようであっ
た。フリオはまずエレナが日本から持ち帰ったガラス製の灰皿を取り上げた。それがフ
リオの略奪の第一歩であった。このあと彼はエレナが稼いだ金銭のほとんどを甘言を弄
して奪い取ってしまうことになるのだが、これはまた別の話である。その灰皿はごくあ
りふれたデザインの、たとえば大宮ジャスコ新春我楽多市で5個480円にもかかわら
ず売れ残ってしまったようなありふれた代物であったが、エレナにとっては何物にも替
え難い宝物であった。エレナが勤務した埼玉県草加市のスナック春風で使われていたも
ので、帰国の際に春風のママが記念に持っていきなさいと言ってくれたものなのだ。も
う二度とこんな国に来るんじゃないわよと泣きながら言ったママの言葉を、エレナは生
涯忘れることはないだろう。そういう思い出のこもった灰皿を、こともあろうにフリオ
はいとも簡単に取り上げてしまったのだ。しかも、泣き叫ぶエレナの額にその灰皿によ
る傷までつくって。
 フリオには天性のペテン師の才があった。幼馴染みから取り上げたありふれた灰皿を
美辞麗句を駆使して売り付けるのは造作もないことだった。9000ペソという法外な
価格でその灰皿を購入する羽目に陥ったのは、リベリア船籍の貨物船フィラデルフィア
号に乗船していた甲板員リック・デイビスであった。マニラの酒場で半ば酔い潰れてい
たデイビスは、自分でも記憶がないままにその灰皿を手にしていた。寄港した港で気が
大きくなるのは外洋船の船乗りの悪い癖だ。くだらないガラクタや病気や感傷を、気づ
かないうちに抱え込んでいる。デイビスにも他の船員達と同様に世界各地の港に馴染み
の女がいた。フィラデルフィア号の次の寄港地は、ポートサイドであった。インド洋、
紅海を航海し、スエズ運河を抜けて辿り着いたポートサイドにも、デイビスの馴染みは
いた。ナポリから地中海を越えて流れついてきたジャンナにとって、ポートサイドはけ
して暮らしやすい街ではなかった。まるでついていない人生に飽き飽きしていたし、い
いかげん化粧も乗りにくくなってきた。憎んでいた父親が他界したという便りも届き、
ようやく故郷へ帰ろうと思いたったところへ、デイビスが訪れた。事情を語るジャンナ
にデイビスは、これからさみしくなるなこれが俺からの餞別だといって灰皿を渡した。
ジャンナは空路故郷に帰った。しかし、ジャンナはやっぱりついていなかった。
 ナポリ空港を根城にスリ・グループを率いていたステファノは、手下が空港内で掻き
集めてきた戦利品をひとつひとつ検証していた。そのバッグの中には目ぼしいものはひ
とつもなかった。さして特徴のない灰皿も、ステファノの興味を喚起することはなかっ
た。検証を終えてふるい落とされた品々はゴミと称され、空港内のゴミ箱に廃棄される
ことになっていた。あとは空港サービスの係員が勝手に処分してくれる。だが、誰にで
も間違いはある。ゴミを回収したカーゴがニューヨーク行のトライスターに積み込まれ
たのは、間違い以外のなにものでもなかった。灰皿は大西洋を越えた。ニューヨーク=
ナポリ間で何度かやりとりがなされた結果、ゴミはニューヨーク側で処理されることに
なった。だがニューヨーク市でもゴミ処理問題は当局の頭痛のタネだった。そのカーゴ
はしばらく放置されていた。ホームレスのボブがそのなかを漁って件の灰皿を手に入れ
るのは造作もないことだった。ボブはしばらくの間その灰皿を持ち歩いていたが、ある
日とつぜん禁煙意識に目覚めてしまった。ちょうどそのとき目の前に停車していた長距
離トラックの荷台に灰皿を投げこんだのは、べつに深い考えがあってのことではなかっ
た。物事を深く考察しないのが、ボブの長所なのだ。その証拠に二日後には喫煙を再開
している。だが、そのとき灰皿はロサンゼルスにあった。
 長距離トラックのドライバー、アル・スタントンは、ロスで荷物を降ろすときに初め
てその灰皿に気づいた。特に意識せずにジャケットのポケットに灰皿をつっこんだアル
が、次にその灰皿に思いを巡らせたのは二日後だった。公園のベンチで煙草をつけたア
ルは近くに灰皿がないことに気がついた。そこで例の灰皿を思いだしたのだ。アルはい
つもおなじジャケットを着ていた。その一本の煙草を喫うためにのみ、その灰皿は使用
された。もともとその灰皿が自分のものであるという意識はアルにはなかったのだ。結
果的に灰皿はベンチに放置された。次にそのベンチに座ったのは日本人観光客広田俊紀
であった。広田もまた灰皿を探して公園内をうろついていたのだ。ようやく煙草が喫え
ると喜んだ広田は、喜びの余り灰皿を持ち帰ってきてしまった。窃盗犯罪に対しておお
らかな見解を抱く日本人観光客の特質がここでも発揮されたのだった。こうしてその灰
皿は三つ目の大洋を越え、日本に帰ってきた。
 灰皿の願いは叶った。海外渡航の大望は果たされたのだ。ワイキキビーチは夢のまま
で終わってしまったが、地球を一周してこうして再びこの狭い国に帰ってきたのだ。
 なんという運命だろう。いま、その灰皿がここにある。友人の広田から譲り受けた灰
皿を前に、私は猛烈に感動している。なんと数奇な運命か。なんと奇想天外な人生であ
ろうか。
「おいおい、そんなゴタクを並べるのはもうやめろよ。その灰皿が凄い灰皿だってこと
はよくわかった。数奇な運命を辿ってきたこともよくわかった。しかし、俺はそんな灰
皿はいらねえんだよ。ごまかすんじゃねえよ。そんなんじゃ借金のカタにはなんねえん
だよ。それより、はやく一万円かえせよ」
 と、高橋は冷たく言った。
 洒落のわからん奴だ。

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