91/08/16 「呪われた一円玉の話」
呪われた一円玉の話を御存じだろうか。 昭和58年にわずか1000枚だけ鋳造されたという、いわくつきの補助貨幤の話である。 財布のなかに昭和58年の一円玉があったら、取り出してしげしげと眺めて欲しい。日 本国と刻印された側に、秘密は潜んでいるのだった。 枝の理不尽な伸び方が微笑ましい一本の木が描かれている。葉っぱの数を数えてみよ う。ちゃんと8枚あっただろうか。あればいい。あなたの人生は今後もそれなりに続い てゆくことだろう。しかし7枚しかなかったら、ただちに大蔵省へ持ちこまれたい。そ れは呪われた一円玉なのだ。 具体的には、右下の葉っぱが欠けているのである。きれいさっぱり、無いのだ。 どうしてそんな貨幤ができてしまったのか。お上のやることだからすべては霧の中だ が、担当官が事態に気づいたときにはすでに世間に出回っていたのであった。それでも 940 枚は回収できたという。しかし残る60枚は依然として行方知れずなのだ。 回収にあたっての大蔵省の努力は大変なものだったらしい。まず 300枚は難なく戻っ てきた。だが耳聡いマニアの手に渡っていた 640枚はそう簡単には回収できなかった。 ここで、あの天皇在位60周年記念金貨というものの存在がクローズアップされたのであ った。一円玉一枚につき金貨10枚というとんでもない交換レートが成立してしまったの である。当時、金貨の発行はまだ本決まりではなかったから、あの金貨はひと握りのマ ニアのために、そして大蔵省の体面のためにも、是が否でも発行されなければならなか ったのである。政府がしゃかりきになった背景には、そういう裏話があったのだ。そう いった特別な事情がなければ、60年などという区切りの悪い年がわざわざ選ばれるもの ではない。 もちろんマニアというものは一種の病人であるから、金貨なんぞ何千枚積まれたって 交換には応じない、という人もいた。そういう人達に対する説得、取引、脅迫には、警 察権力、暴力団などが総動員された。我が子を誘拐された人もあったというが、まさか これは嘘だろう。どうしても交換に応じなかった最後のひとりについては、時の蔵相竹 下登自らが動かざるをえなかったという逸話も残っている。 では、なにゆえに、呪われた、と呼ばれるのか。この件に関しては、この手の話のお なじみのパターンが見事に踏襲されているのである。いわく、この件の対応で残業が続 いていたある担当官は深夜省舎を出たところで引き逃げされて即死した。いわく、直接 鋳造の管理にあたっていたある担当官は、ある日トイレに行くと言って席を立ったまま 二度と戻ってこなかった。彼は裏庭で死体で発見された。自殺か事故死かは不明。いわ く、事件の渦中にある次官補が失踪し、未だに行方不明。いわく、ある次官の家が原因 不明のまま全焼。などなど。ここで、当時の大蔵省の異常な人事を思い出された方もい るだろう。 そして、なかなか手放そうとしなかったマニア達。全員死亡。執着心を持ってしまっ た人は必ず呪われるという図式らしい。ごねた人ほど、悲惨な死に様だったらしい。 どうにも信じ難いが、実話なのだ。 なんにせよ、当事者に死人が出ているのは事実である。もう一度、確かめてみてはい かがだろう。あなたは本当に呪われた一円玉を所持してはいないだろうか。59枚は、ま だ流通しているのだ。 さて、どうして私のような市井の人が以上のような秘密を知っているのか。大蔵省の とある次官補に聞いたのである。なぜそんなエライ人に会えたのか。私が呼びつけたか らである。なぜそんな大それたことができたのか。私がなかなか件の一円玉を手放さな かったからである。 さよう、私は呪われた一円玉を手に入れてしまった。なぜ気づいてしまったのかわか らない。虫の知らせというようなものであろうか。私は右下の葉っぱが欠けているのを 発見してしまった。古銭商に持ちこんだところ、それは確かに価置ある品で手放すべき ではないが買いあげることはできない、というなんとも要領を得ない対応だった。そし て家に帰ったとたんに大蔵省関東財務局から電話があったのだ。その筋では知られた話 らしい。古銭商の店主が泡をくって当局へ御注進の儀に及んだという顛末のようだ。 私が良識ある対応をしたので、警察や暴力団の訪問を受けることはなかった。来訪者 はすべて大蔵省の役人だった。何人もの役人が来た。だんだん地位が上がっていき、交 換条件の金額もそれにつれて上がっていった。当方の要求は、金なんかいらない、そう までしてたかが一円玉にこだわるの理由を教えろ、の一点張りである。かくしてその秘 話を語る資格を持った次官補が登場したという次第である。他言無用を条件にようやく 聞き出したのだ。 書いてしまった。 私はちっともごねたりしませんでした、と言うにはあまりに多くの国家公務員に御迷 惑をかけてしまった。つまり私は呪われてしまったわけですね。こまったこまった。ど うやら余命いくばくもない、という状況におかれてしまったようだ。で、どうせだから というんで、書いてしまった。 明日から突然このネットは突然閉鎖されるかもしれません。当局というのは怖いもの です。皆さんのお宅に当局が現われるかもしれません。当日のログを抹消せよ、なおこ の件は一切他言無用と申し述べることでありましょう。当局は警察の姿を借りて現われ るか、暴力団の姿を借りて現われるかはわかりません。素直に従った方が身の為かと思 います。御迷惑をおかけして申し訳ありません。私は自暴自棄になっております。 で、形見分けといってはなんですが、私のマックをプレゼントしたいと思います。私 が死んだら、私のかわりに可愛いがってやってください。御希望の方はU伝にその旨を 書きこんでください。早目にお願いします。私はいつ死ぬかわかりません。