91/08/10 「寿司は過ぎゆくと、汝は言うのか」
「ちょっと前の話なんだけどね」 「うん」 「寿司を食ったんだよ」 「寿司を食ったか」 「ファミリーレストランみたいな構えの店でさ」 「ネタが死んでるような」 「うん。おいしくなかった」 「どうしてそんな店に入ったの」 「流れる寿司だったから」 「何それ」 「寿司が流れてくるわけ、ぷかぷかと」 「流しそうめんみたいな」 「じゃなくてね。回る寿司ってあるでしょ」 「あるね」 「ああいう感じでさ」 「ははあ。カウンターの前に小川があると」 「そうそう。人工の小川ね」 「ぐるっと、店内を一周してるわけだ」 「うん」 「寿司があとからあとから流れてくると」 「おかしいでしょ」 「おかしいおかしい」 「馬鹿だよね」 「もう、まるっきり馬鹿」 「なんてのかな、あの木でできた容器」 「寿司が入ってくるやつ、あるね」 「あれが浮かんでくるわけ」 「なるほど」 「あれの中に皿が置いてあってさ」 「寿司が乗ってるんだ」 「そうそう。で、好きなやつを取る」 「流れは速いの」 「ちょっと速い気がした」 「ためらってると、すぐに遠去かってしまう」 「逃がした寿司はうまい」 「また戻ってくるという保証はないし」 「明日があるさと自分に言いきかせたりして」 「上流を眺めてこれだと決める」 「今度はためらわないぞと心に誓ってね」 「そういうのに限って前の人が取ってしまう」 「怒りのやり場がなくてさ」 「男の川上にもおけない奴だ」 「だから、上流から順に席が埋まってた」 「上流階級だな」 「誰でもなれる上流階級」 「それで、値段は」 「安いよ。キワモノだもん」 「だろうね」 「二人で2000円ちょいだった」 「もう寿司じゃないね」 「うん。話の種に、って入ったんだ」 「わかるわかる」 「ちょうどランチタイムでさ」 「寿司屋のランチタイム」 「味噌汁付きでね」 「味噌汁も流れてくるのか」 「最初は我が目を疑った」 「こぼれないの」 「具がしじみでね」 「ははあ。重心を下へもっていこうという」 「そうみたい」 「考えてるんだ、一応」 「だけど、変な店だったなあ」 「どこにあるの。一度行ってみたいな」 「いや、駄目だよ」 「どうして」 「もう潰れちゃったんだ」