12月24日 クリスマスイブの夜


 クリスマスイブだが、カウンターしかないバーにはあまり関わりがない。恋人同士はテーブル席でお互いの瞳を見つめ合いたいらしい。なにかの間違いで迷い込んできたカップルは、一杯だけ飲んでそそくさと引き上げてしまう。
 悪いことに、常連客すら姿を見せない。みんな、それぞれのイブの夜があるらしい。

 クリスマスイブの午後十時に無人のバーというのは、ちょっと洒落にならない。
 毎年、閑古鳥が泣く日だが、今年は酷すぎる。
 暗澹として、首を括るにはどこに縄をかければいいかと天井を眺めていると、上客が現れた。

 若い女性の二人連れで、常連ではないが、もはや顔馴染みだ。
 私は過度の好感を抱いている。
 二人ともピッチが早く、それでいて酔わない。カクテルに対する好奇心が旺盛で、同じカクテルは二度とオーダーしない。私を試すように様々なカクテルを注文する。
 彼女達とは、常に真剣勝負となる。どちらもたいへん敏感な舌を有していて、私の中の職人的な部分が大喜びして対峙しようとするが、二人とも手強い。
 そう簡単には、おいしいと言ってくれない。

 今夜は貸切りなのね。二人がはしゃぐ。
 望むところだ。売られた喧嘩は買いたい。
 一応の礼儀として、私は、今宵を共に過ごす殿方はいないのか尋ねた。
 二人は、顔を見合わせて爆笑した。
 ありがたい。いつものことながら屈託のないお嬢さん達で、こちらとしても気分がほぐれる。

 二人はこともあろうに、NBAのオフィシャル・カクテルブックを持ち込んできた。

 それはずるいのではないか。
 私は先に白旗を挙げた。正直に告白した。私の頭の中には、その本に載っているすべてのレシピが叩き込まれているわけではない。
 二人はカクテルブックをめくりながら、ロベルタ、バロン、ジプシー、コロネーションなど、この店ではデビュー戦となるカクテルを次々と注文し、私は四苦八苦しながらそれに応じた。

 結局、二人の舌を満足させることはできなかった。
 やはりスタンダードには敵わないのではないか。私はそう告げ、最後にマルガリータを勧めた。最近ようやく、ものにできた。試してもらいたい。

 二人は、やっとおいしいと言ってくれた。
 メリー・クリスマス。


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