12月13日 金曜日の夜
週に一度、専門の業者に開店前の店内を清掃してもらっている。私も毎日掃除をするのだが、いかんせん私の目は節穴で、細かいところまでは行き届かない。
派遣されるのはひとりで、多くの場合、篠田さんがやって来る。
篠田さんは、十年前に役所を定年退職し、年金だけでも悠々自適の余生を過ごせるのだが、働いていないと気持ちが悪いからと元気に勤めている。
篠田さんは床の隅を掃きながら、私はグラスを磨きながら、他愛ない世間話をするのが金曜日の開店前の日課だ。世間話も積もると、結構な情報量となり、今ではお互いの私生活を熟知している。
執拗に結婚を勧られることを除けば、愉しい時間でもある。
相手のひとだって、そんなに若くないんだろ。今日も篠田さんはしきりに諭す。
私は麗子の下腹のあたりを思い浮かべた。それはそれでいとおしいのだが、確かにもはや引き締まっているとはいえない。だいたい、その点では私のほうが惨状を呈している。
かわいそうだとは思わないの。篠田さんの説話は続く。
そうだろうか。かわいそうだろうか。私は麗子ではないのでわからない。
私はいつものように困惑し、話題を今日の政局に移そうと試みた。
あんたは話をはぐらかすのが下手だね。篠田さんは笑う。それでよくバーテン稼業が勤まるもんだね。
勤まる。なぜか、勤まっている。
やがて、仕事を終えた篠田さんは帰っていき、私の仕事が始まった。
金曜日は早めに開店する。
ちょうどいま来たところなんだ。店の前で待っていた川名さんは、下手な嘘をつきながら入ってきた。
いつ来てもこの店は綺麗だね。川名さんが言う。川名さんは週に一度、金曜日の開店直後にしかこの店には来ない。
この店がなくなったら、二人はどんな金曜日を過ごすのだろう。
ぼんやりと考えながらも、手は勝手に動き、川名さんのためのダイキリをつくっている。川名さんはオーダーしないし、私もなにを飲むかと尋ねることはない。
そんな風に、金曜日の夜は始まる。