11月30日 思い悩む夜
かなり酔っている様子の彼は、椅子に座るや否やカウンターに突っ伏して眠ってしまった。常連でもあることだし、ほおっておいた。一時間ほどしておもむろに起き上がり、あたりを見回してきょとんとしている。自分が置かれた状況が呑み込めないようだ。
タンブラーに冷水を入れて差し出した。彼は反射的に受け取って、一気に呑み干した。
ああ、キタちゃんか。彼は目を瞬いた。そうか、ここに来ちゃったのか。
私は飲むかどうかを尋ねた。
束の間、彼は思案し、いや、やめておこう、と呟いた。
そして、なにかを思い起こしているような表情をして、押し黙ってしまった。
私は、冷水を注ぎ足し、彼の前を離れた。
しばらくして、彼は、帰っていいか、と私に尋ねた。
いいもなにも、私の了承を得なければならない事柄ではない。私がそう告げると、彼は困ったように、いや、なにもオーダーしていないから、と言った。
そんなことを気にする必要はない。私はそう言って、笑ってみせた。
彼は、安心したように立ち上がった。そして、一瞬ためらい、私に尋ねた。キタちゃんは重大なことを決断するときに思い悩むほうかい。
私は、なんと答えるか、迷った。結局、正直に答えた。
わかりません。まだ、重大なことに出会ったことがないもんで。
とたんに、彼は吹き出した。その笑いは、やがて哄笑となった。彼は、涙を流しながら何度も、ありがとう、と言った。
入ってきたときよりは、いくぶんしっかりした足取りで、彼は帰っていった。
私としては、釈然としない。感謝されるような答だったとは思えないのだが。