11月29日 セッションの夜


 短針が中天を通過した頃、珍しく麗子が店に来た。
 どちらを注文するかと思えば、なにかカクテルを、と言った。
 バーボンならただ飲みたくなってやって来たに過ぎない。カクテルのときは、誘っている。喜んで応じる気分のときはウオッカベース、勘弁してほしいときはラムベースで答えることになっている。どちらか決めかねるときは他のカクテルを出すならわしだ。
 他の客にはわからない。

 束の間、思案して、ダイキリなどはいかがでしょう、と応じた。
 麗子は、他のにして、という。
 やれやれ。
 譲歩して、トム・コリンズを勧めてみた。
 しかし、麗子は首を振って拒絶した。

 はいはい。わかりましたよ。
 では、モスコー・ミュールなどは。
 麗子は微笑んでこくりとうなずいた。
 まあ、よしとするか。しかし、癪なので、ウオッカを思い切り濃くしてやった。

 二杯目を出すときに、コースターの下に私の部屋の鍵を忍ばせた。
 麗子は、鍵をバッグにしまい、モスコー・ミュールを素早く飲み干して、店を出て行った。

 あのさあ、キタちゃん。最後に残っていた常連客が言った。ばれてないと思ってるだろ。にやにや笑っている。もう、ばればれなんだよ。
 あは。私は天を仰いだ。
 私も麗子も間抜けすぎるのか。
 まあ、いいや。彼はそう言って、立ち上がった。もう、帰るわ俺。今夜は早めに店を閉めなよ。彼のにやけた笑みは消えない。
 私としては、ただ照れくさい。

 彼は帰り、私はそそくさと店を閉めた。

 で、セッションを二回ほど。


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