11月28日 嬉しい夜


 接待らしい。
 外国人らしき小柄な赤髪と日本人らしき大柄な黒髪。どちらも初老の男性。スペイン語に聞こえる言語で穏やかに会話をかわしている。もっとも、実はポルトガル語だったと告げられても、私は驚かないが。なにを話しているのかわからないことに変わりはない。

 接待されているらしい赤髪さんが、もっと静かなところで飲みたい、と所望したらしい。とっさに黒髪さんが通りすがりのこの店を選んだという経緯のようだ。黒髪さんが日本語で私にそのように告げた。赤髪さんは店内の雰囲気に満足しているとのお言葉も賜った。
 私は日本語で、ありがとうございます、と赤髪さんに礼を述べた。赤髪さんは重々しそうにうなずいた。通じたらしい。私の日本語も、そう捨てたものではないようだ。

 しかし赤髪さんによれば、このエル・プレジデンテはいただけないとの御見解だった。
 私は落胆を押し殺し、黒髪通訳の助けを借りてどのへんに問題があるのか伺った。実のところは自信がなかった。とっさにレシピが思い浮かばず、書物に頼った。つくったことはあるはずだが、注文を受けた記憶がない。
 赤髪さんは、絞ったオレンジではなく瓶詰めのオレンジジュースを使ってほしい、という。そのかわりにグレナデンシロップは微かに入れるだけでいい、との仰せだ。

 なるほど。そうか。と、すれば、シェイキングも変えなければ。
 私は、仰るとおりにつくった。たぶん、滑らかでなおかつ引き締まった味になったはずだ。
 今度は合格のようだった。赤髪さんはにこやかに、アリガトウ、と仰る。私は、ほっとして、こちらこそありがとうございます、とお辞儀をした。
 もちろん一杯目の失敗作のお代は頂かない。

 二人はほどなくして帰ったが、以来ずっと浮きたった気分が消えない。
 またひとつ生きた財産が身についた。
 いまだに、嬉しい。子供みたいだ。


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