11月27日 八百繁さんの夜
八百繁の主人が、あんたのとこは高い、という。
わけわかんない酒にこれを絞ってさ。八百繁さんは届けに来た段ボール箱の中からレモンを掴みだして笑った。そんで客から千円も絞り取っちゃう、いくらすると思うのこのレモン、ぶったくりだよ。
いや、そうした見方をされるとカクテルのほうも困ってしまうんですが。私は、もごもごと反論を試みる。だが、雰囲気を商品と見なしてくれない見解に何を言い募っても相手にはしてくれない。
そもそも、私がいけなかった。裏口からばかりじゃなくて、たまには表からお客さんとして来てくださいよ。そう愛想をふりまいたら、たちまちの御叱責だ。
八百繁さんの論理は完璧だ。付加価値の評価が著しくこちらと異なるに過ぎない。
しばらく話して、八百繁さんは客として来店することになった。一杯目のカクテルは私の奢りという条件付きだ。二杯目からは自腹を切ってもらう。
八百繁さんは開店と同時に訪れた。濃い茶色のブレザーを着込み、同系色のより濃い色彩のネクタイを締めている。私は思わず吹き出した。
おかしいかい、でも俺だって人様の結婚式には着飾っていくんだぜ。八百繁さんは、鼻白んだ。
私は謝罪し、普段はどんなものを飲んでいるのか尋ねた。
ビールか日本酒、とのお答えだ。つまり、そのふたつをベースにしたカクテルはつくれない。余計なものを混ぜて薄めたと思われるだけだ。
オーソドックスにドライマティーニをつくった。
薬みたいだね。八百繁さんの感想は素気なかった。なんだか、様子が落ち着かない。
二杯目からはどう攻めようか。私が思案していると、八百繁さんはいきなりグラスの残りを呷った。顔をしかめながら、八百繁さんはスツールから滑り降りた。
わりいな、やっぱこういう店は性に合わねえや。馴染みの小料理屋がいいや俺。
呼び止める間もなく、八百繁さんは店を出て行ってしまった。
かくして、私の顧客促進活動は破綻した。