11月22日 残業をしない夜
川名さんの金曜日は自主的なノー残業デーだ。本人がそう言い張る。いかなる緊急の仕事があろうが、構わずに定刻の五時に退社する。大手不動産会社営業部部長補佐がそんな振舞いに及んで、風当りは強くないのだろうか。
継続は力なり、だよ。川名さんは言う。続けていれば、そのうちにまわりはそういうものだと思い込んでくれる。若い頃からずっとそうだったんだ。金曜日は残業しない。他の日は九時前には帰らないんだ。そのくらいのわがままは言わせてもらうよ、と。
開店は六時だが、金曜日だけは早めに開ける。川名さんはたいてい店の前で待っている。今日は来るのが少し遅かった。大きな紙袋を抱えている。
娘の誕生日でね。
照れくさいらしく、いささか乱暴な態度でスツールに腰掛けた。
最初にダイキリを一杯、そのあとでI・W・ハーパーをダブルで一杯。金曜日はいつも同じ。特に喋るでもなく、ぼんやりしている。
まあ、気分を切り替えているわけだな、仕事人間から家庭人間へ。と、川名さんは言う。
三十分ほどで出て行ってしまう。家族そろって食事をするのが金曜の夜の川名家の習慣だ。
じゃあ、また来週。そう言って、川名さんは、待っている人々がいる場所へ帰っていく。
そういう生活に憧れる気分も、なくはない。
とても勤まらないが。