185 98.06.02 「明日は明日の、」

 マーフィーの法則あたりが既に語っているのであろうが、雨傘は一極集中するものである。
 多くのひとびとの生活は、ある二箇所の往復によって成り立っている。学校と家庭、職場と家庭、職場と妾宅などである。この間においては往々にして屋外を歩く状況が生じる。このとき、天候が歩行者に対してなんらかの影響を及ぼすことも我々は見逃してはならないだろう。たとえば、雨というものがそれである。
 雨傘の御登場である。
 時あたかも入梅である。雨傘の華々しい活躍が期待される季節の到来である。
 この時期、この雨傘なるものは不思議な出処進退を見せる。何本保有していようが、一本も手元にないといった謎の事態が生じるのである。
 たとえば、朝、出かけようとすると傘がない。雨が降っているのに傘がないと、これは当然いささか困ったことになる。ポンチョを着て、とりあえず駅まで歩いていかなければならない。駅の売店でビニール傘を購入し、また所有する雨傘の本数を増やすハメになる。このとき、所有するすべての傘は職場に存在している。つまり、出勤の時間には降雨があったが帰宅の頃にはやんでいた日々が続いた、ということになる。雨が降ってもいないのに傘を持ち歩く趣味は、私にはないのである。
 もちろん逆の場合もあって、自宅にすべての傘があるのにこれから会社を出ようとしている、といった事態を迎えて途方に暮れることもある。この場合は、とりあえず傘を売っている場所まで親切な方の傘に入れて頂く、という人様の善意に頼った不遜な打開策が図られる。なんにしろ、また傘を購入せねばならない。
 未来への展望が著しく欠けたこのような場当たり的な生活を送っていると、所有する雨傘が無意味に増加していくことになるのだが、実際にはそうはならない。紛失、といった予期せぬ失態もまた一定の割合で勃発するためである。多くは、電車の中に置き忘れるのである。
 こうして今、我が行動を冷静に記してみると、あらためて頭が悪いことがよくわかる。もはや諦めてはいるが、ちと情けないのではあるまいか。
 ま、いいや。
 目下の懸案は、現在保有しているすべての雨傘は職場に存在しているという揺るぎない事実である。天気予報によれば、明日の朝は雨らしい。困ったことに、雨をしのぐ次なる方策であるポンチョは、なんと先週紛失してしまった。明朝の私には雨を防ぐ手立てがない。
 ああ、なんだか他人事のようだなあ。今夜はまだ降ってはいないようだ。ふつうのひとは、こういうときには今夜のうちにコンビニに傘を買いにいくんだろうなあ。でも、なんだか億劫なんだよなあ。
 よし、決めた。明日の朝は雨なんか降んないっ。降んないったら、降んないっ。
 ううむ、そう決めてしまうと、意外に心がラクになるもんだなあ。そんじゃまあ、酒でも呑むとするか。
 明日は明日の、ええと、なんだっけ。

次の雑文へ
バックナンバー一覧へ
バックナンバー混覧へ
目次へ