175 98.04.01 「トイ芯物語」
9821C714807が、彼の背番号であった。
たかだかトイレットペーパーの芯である。単なる紙の筒である。
白い衣をすっかり剥ぎ取られ、心細げに佇む一個の紙の筒である。
右手にあてがって左目をつむり掌を筒の脇に添えれば、ああら不思議、掌に穴が! といった用途には使えるだろう。そうやって、幼少の頃の理科の時間を懐かしむことはできる。更には、たくさん集めてボンドやカッターなどを持ち出し何らかの工作物を製作するといった壮挙にうって出るのも一興である。そうやって、遥かな日々の図工の時間の記憶を蘇らせることはできる。
過去を振り返る趣味がないのなら、空洞の存在について思索してみるのもいい。ドーナツの穴はいかにして存在し得るかという古来より繰り返し論議されてきたアレだ。筒の中には何もないのか、空洞があるのか。そんな益体もない主題を脳裡で遊ばせてみるのもたまにはいいだろう。そんなことじゃなく、限られた生を生産的に過ごしたいといった向きには、紙筒健康法なる詐術を編み出してその書を世に問うといった挑戦がお勧めだ。世の中、何が当たるかわからない。印税生活を謳歌するのもまた愉しからず哉である。
こうして具体例を挙げると、所詮はトイレットペーパーの芯のくせして意外に使える奴じゃん、などと思わず錯覚してしまうが、実際には誰もが忙しい。電話をかけなければならないし、酒を飲まなければならないし、テレビを見なければならない。トイ芯ごときにかかずりあっている暇はない。結局、トイ芯有効活用の道はあえなく閉ざされ、哀れなり次の燃えるゴミの日までの命かな、といったような顛末を辿ることになるのである。
やっぱり使えない奴だったのだ。
しかし、そんなトイ芯にもアイデンティティがあるらしい。9821C714807という製造番号らしきものがそれだ。大王製紙株式会社が生産販売しているエリエールという商品のトイ芯なのだが、その胴体に一連の番号が印刷されているのである。管理社会の精粋は、けして日の目を見ることのないこうした末端にまで浸透しているのであった。
たとえば、同社のお客様相談室に電話をかける。
「あ~、おたくのトイ芯、うん、トイレットペーパーの芯だがね、少し歪んでおるのではないかね。私はたいへんな不快感を蒙ったのだが、なんとかならんものかね。9821C714807だ。至急調査の上、誠実な回答を待っておるよ、わはははは」
などと、ふんぞりかえって苦情を申し立てようものなら、ただちに明解な返答がなされる仕組みになっているのだろう。なにも高笑いすることはないが。
「先ほどのお尋ねの件でございますが、これは弊社の○○工場で本年二月に製造されたものでございます。製品の管理には充分気をつけておりますが、万が一のことがございましたら、誠に遺憾に存じます。つきましては、その品を料金着払いにて御送付頂けませんでしょうか」
たぶん、そんな展開になるのだろう。管理されているのである。
更に深く突っ込んで尋ねれば、9821C714807を背負ったこのトイ芯が、いかなる経路を辿ってこの辺境の部屋に漂着したかがすべて判明してしまうのかもしれない。最終経路は既にわかっている。カスミストア取手店からこの部屋だ。運搬したのは私である。
十二ロール詰めのトイレットペーパーであった。してみると、同包されていた別のロールには、また別の番号が付されているのであろうか。疑問は解決されなければならない。私は交換したばかりのロールをトイレから持ち出してきた。
こんなことをしていいのだろうか。枯渇しつつある森林資源を無駄に廃棄して、いったい許されるだろうか。私には良心はないのか。
などと自分を責めているうちに、あっというまに未使用のロールから新たなトイ芯が取り出された。足元は白山の紙だかりである。ついにこんなことをするようにまでなってしまったか。
とはいっても、9821C714802なのであった。なんだか嬉しい。違うのだ。下一桁だけが、違うのであった。一本一本に固有の番号が振られているのだ。どうでもいいことに決まっているのだが、私の胸中には新鮮な驚きが満ちるのであった。
いろいろと考えさせられるトイ芯であった。明後日の燃えるゴミの日に、そのささやかなジンセイを閉じる運命のトイ芯である。一期一会、といった馴染みのない言葉が脳裡を横切る。9821C714806号でも9821C714808号でもなかった9821C714807号のトイ芯に対して、私はいま、深い感謝を捧げたい。ありがとう、9821C714807号。
9821C714802号も、よくやった。
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