142 97.10.23 「遥かなる北アルプス」
ロックアイスの頂点は「北アルプスの氷」とする、ことになった。
することにしたのは私である。ロックアイス評論家としての名声をほしいままにしたと思い込んでいる私が言うのだから、間違いはない。
間違いは私の不治の病なので見逃して欲しい、んだけども。
北アルプスの氷に出逢えたことで、私の人生もあながち価値のないものではなかったと、私は今、確信をもって断言できる。私の胸裏に溢れるこのすがすがしい満足感を、いったいどう表現すればよいのであろう。
あなたに逢えてよかったと小泉さんは歌ったが、私も北アルプスの氷に逢えてよかった。小泉さんは永瀬さんに出逢ったが、私は北アルプスの氷さんに出逢ったのである。価値観は人それぞれだ。しあわせを実感できるならば、これにすぐる悦びはない。生きていてよかった。あのとき死ななくて、ほんとうによかった。
なんにせよ、侮れないのはJCである。
JR東日本の直営なのか傍系会社による経営なのかは知らない。一等地を約束されたコンビニエンスストアがJCである。JRの駅に過度に密着して立地するコンビニエンスストアこそがJCに他ならない。その上を電車が通過したり、その前に駅前広場が展開していたり、その横に改札口があったりする。そういうコンビニエンスストアがJCなのであった。銀のスプーンをくわえて産まれてきたサラブレッドである。
セブンイレブンやローソンなどの大手の事業開発部あたりでは、「あれ、反則だよなあ」と、すっかり匙を投げているのではないか。木のスプーンしか持てなかったものの悲哀が色濃く滲む局面である。とはいえ、JCが幹線道路沿いに出店することはないのだから、明るい未来を見据えて前向きに生きていこうではないか、しょせんJCは線路から離れたら生きていけないのだ、線路離れできない子供なのだ。って、誰に言ってんだオレ。
周知の通り、コンビニエンスストアにおいて販売されるロックアイスは一種類の製品によって寡占されている。セブンイレブンにはコクボのロックアイスしかない。隣に置かれたニチレイのパーティアイスと売り上げナンバーワンを競うといった事態はありえない。
JCには「北アルプスの氷」だ。インターチェンジとラブホテルが抜き差しならぬ関係にあるように、JCと北アルプスの氷は切っても切れない深い仲に陥っている。JCでロックアイスを所望する者は、すべからく北アルプスの氷を購入しなければならない。他のが欲しいなどと、だだをこねてもだめだ。北アルプスの氷を買うか買わないか、迫り来る諸問題はその一点に収斂する。商標などという権利意識のかけらもない安直なネイミングを貫いた北アルプスの氷を、いったい買うのか買わないのか。安易な気持でJCを訪れたうっかり者を諭す機会を待ちながら、北アルプスの氷は今もJCの冷蔵庫で静かに眠っている。
北アルプスの氷は、長野県松本市にある田中製氷冷凍株式会社が製造している。製氷の冷凍である。並々ならぬ気概が窺える社名だ。今後を託しても悔いのない会社ではなかろうか。
その氷の瞠目すべき硬度に、田中製氷冷凍株式会社の気迫が凝縮している。この毅然としたロックアイスに刮目せよ。「いい仕事をしている」などとうそぶいて、グルメ気取りを気取ってみたくなる俗物根性を抑えきれない。最も優れたもののひとつ、などと優柔不断な直訳調でもったいぶっている場合ではない。そんなケチなことをほざいていては、お天道様に申し訳が立たない。JAROがなんだ。気にするな、そんなもん。「北アルプスの氷」は、最も優れた唯一のロックアイスに紛れもない。
私はかねがねファミリーマートのロックアイスに惜しみない愛を注いできたが、残念ながら別離のときが訪れたようだ。出逢いの陰には別れがある。私は今日を限りに北アルプスの氷と新たな人生を歩んで行きたい。ファミリーマートのロックアイスよ、麗しい時間をありがとう。貴女との溢れんばかりの想い出を胸の底にそっとしまい込んで、私は残された人生を北アルプスの氷に賭けてみたい。
しかしこんな夜に限って、バーボンを切らすという不始末をしでかしてしまう私なのではあった。
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