137 97.09.17 「私の巷」

 いま、チマタでは斎藤良太さんの話題でもちきりです。
 斉藤良太さんではありません。斎藤良太さんです。多くの斎藤さんは斉藤と表記されるのを嫌いますから、発言の際には注意しなければなりません。斎の文字を脳裏に思い浮かべながら「斎藤さん、そこの消ゴムとって」と呼びかける細やかな配慮が肝要です。なにしろ斎藤さんは敏感なので、うっかり「斉藤さん」と呼びかけようものなら、「違う。俺は斎藤だっ」と、たちまち機嫌を損ねてしまいます。機嫌を損ねた斎藤さんは、消ゴムなんかとってくれません。ほとんどの斎藤さんは、繊細です。「斉藤がとってやればいいだろ、その消ゴムは。俺は斎藤だから知らないよ」と言って、自分の殻に閉じこもってしまいかねません。そうです、多くの斎藤さんは狷介なのです。
 チマタといっても、私のチマタです。私の巷間です。私のチマタにおいて、斎藤良太さんの話題がもちきりなのでした。話題沸騰です。ダイアナとか佐藤孝行といった名前が登場しない私のチマタでは、斎藤良太さんこそが今いちばんのニンキモノです。
 斎藤良太さんは、毎日新聞社に勤務していると思わます。9月15日付けの社会面における雑記帳というコラムにその署名記事が掲載されているので、たぶん間違いはないでしょう。
 「斎藤良太さんがさあ」ひそひそ「ゑ。あの斎藤良太さんがっ」ひそひそ「そうなんだよ、あの斎藤良太さんなんだよ」ひそひそ。それが私の不毛なチマタです。
 斎藤良太さんが注目したのは、山形県東根市で14日に開催された「第9回おばけかぼちゃコンテスト山形大会」に他なりません。「市内の農業、奥山栄七さん(68)」が栽培したカボチャが優勝したと、斎藤良太さんは喜々として伝えるのでした。喜々としているかどうかは不明ですが、斎藤良太さんのことだから喜々としているに違いありません。「断トツで優勝した」との、およそ新聞記者とは思えない無造作な記述からも、斎藤良太さんの興奮ぶりが窺えます。狷介な斎藤良太さんの思わぬ一面が垣間見えた一瞬と言えましょうか。って、むちゃくちゃなこと書いてますが私。
 斎藤良太さんは、そのカボチャの「種類」にも言及します。「アトランティック・ジャイアント」って、それは品種名とは違うのでしょうか。どういった分類方法に準拠しているのかいまひとつピンとこないところです。あくまで「種類」だと、斎藤良太さんは主張してやみません。斎藤良太さんがひとたび依怙地になったら、頑として自らの主張を曲げません。それが斎藤良太流というものです。なにしろ、あの斎藤一族の末裔です。って、どんどんむちゃくちゃになっていきますが私。
 桜島大根とか深谷葱とか米茄子といったレベルの分類なのでしょうか。まさか学名ではないのでしょうが、気になるところです。それにつけても、アトランティック・ジャイアント。壮大です。「重さ280キロ、周囲2.5メートル」と、一見素気ない筆致に、斎藤良太さんの内心に乱舞する並外れた興奮が潜んでいます。図らずも行間に滲む斎藤良太さんの人生観は、私のチマタを疑惑の渦に叩き込むのでした。
 「斎藤良太さんは小柄なのではないか」ひそひそ「いや、それはあまりに表面的な解釈ではないか」ひそひそ「なんだと、もう一度言ってみろっ」ふつふつ「だから、あんたの解釈は通俗的なんだよ」むかむか「いい度胸じゃねえか、俺のどこが通俗的なんだっ」ぼこぼこ。私のチマタは賑やかです。
 とにもかくにも、アトランティック・ジャイアント。このネイミングには参りました。なにかこう、「負けたよおばけかぼちゃ、あんたはあんたの好きなように生きてくれ」とつぶやいて、夕暮れ迫る街並みを小石を蹴りながらどこまでも歩いていきたい心境に陥るというものです。
 斎藤良太さんは、カボチャにひとかたならぬ思い入れがあるのかもしれません。この点、私とは相容れないところですが、私はあえてそうした私怨に目をつぶって冷静な視点でこのコラムの筆者の執筆姿勢を問うています。あ、今ちょっと嘘が混じりましたが、見逃してください。って、嘘ばかりですが私。
 斎藤良太さんの筆勢は、「力自慢の若者8人が、担ぎ棒を使ってようやくはかり台まで運んだ」に至って、いよいよ佳境に入ります。抑えに抑えてきた屈折が、アトランティック・ジャイアントという恰好の題材を得て一気に放出した感があります。いったいどこから湧いて出たのでしょうか、「力自慢の若者」の方々は。まだ細々と棲息していたのでしょうか、「力自慢」の皆様は。斎藤良太さんの語彙は破天荒で、眩暈がします。「担ぎ棒」や「はかり台」も侮れない語感で読む者に迫っています。隠れた名脇役といった趣でしょうか。
 奥山さんも奥山さんです。ほんとは違うんでしょう。「4年連続7回目の優勝で、巨大カボチャ栽培の名人」の奥山さん、「肥料や日当りに気を付け、夢中になって育てた」なんてそんな言い方はしてないですよね。頼みますよ、「おら、なこと言ってね」って証言してくださいよ。いい気になってる斎藤良太さんの鼻っ柱を折ってやりましょうよ。報道のいったいなんたるかをこき知らしめてやりましょうよ。がつんと。意を伝えようなんて、斎藤良太さんは思い上がってますよね、奥山さん。ねえ、なにか言ってよ奥山栄七さんってば。
 ことほどさように、私のチマタでは斎藤良太さんのジャーナリストとしての姿勢が鋭く問われているのでした。
 妙ですけどね、私のチマタ。
 そうそう、言い忘れてました。齋藤さんや齊藤さんにも、注意しましょうね。

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