125 97.08.10 「白タクで梅ガムを」

 白タクの運転手の労働時間は深夜のほんの数時間なのではないかと思うけど、あれ、やっぱり副業なのかなあ。白タク本業じゃ食っていけそうもないもんなあ。
 キムタクの出現以来すっかり御無沙汰していた白タクだが、久し振りに利用する機会が訪れた。それにつけても、あの梅ガムはなんだろう。
「取手、柏。いないかい? 取手、柏」
 命からがら辿り着いたは松戸駅。金曜深夜の最終電車なんだから、タクシー乗り場に並んだって捕まえられるのはいつになるかわからない。
 もう、ハナっから白タク。あなたも私も非合法。
「取手、柏。いないかい? 取手、柏」
 いるってばさ、乗るよオレ。
 私が四人目。定員だ。しかし、なかなか出発しないのであった。乗客たるひとりの青年が、運転手にしつこく料金を確認するのだ。大学出たばかりですっ、みたいな初々しさを漂わせたその青年にとっては初の白タク体験らしい。心配を全身に滲ませて料金の確認を執拗に求めるのであった。
 わかるよその気持。わかるんだけどね、テキも過当競争なんだからそんな無茶な料金は請求しないってば。ひとりでタクシーに乗るよりは安いんだからさ、さっさと乗り込もうぜ、この白ナンバーのレガシーに。私を含めた残り三名の乗客は、いささか冷ややかな視線を青年に放射するのであった。
 ようやく青年は納得し、全員が乗車した。とたんに、運転手より乗客全員にガムが配られた。一枚ではない。ロッテの梅ガム九枚入り、丸ごと一個だ。しかも封が切られている。
「こんなもん、いらないよ」
 そう言ったら、ただちに叩き出されるのだろうか。きっとそうだろう。我々乗客は三千五百円也のガムを運転手より購入したのだ。彼が我々を所望の地点まで送り届けてくれるのは、単に彼の好意にすぎない。
 様々な艱難辛苦を経て、このガム配布という手法が確立されたのだろう。乗客はたいがい飲酒後だ。封を切られたガムをもらえば、ついつい一枚を口に運んでしまう。料金を踏み倒そうとする客が現れたら、運転手はガムの代金を要求する手筈になっているのだろう。実際、料金を踏み倒すのはさして難しくないように思える。なんてったって、テキは非合法だ。
 ま、法は法で、ほっとけばいい。この世は持ちつ持たれつだ。私はガムの代金じゃなくて、運行料金を払いますよ。
 私の隣に座った件の青年は熟睡している。案外、大物なのか。どのような人物であろうと私の知ったことではないが、私にもたれかかるのは遠慮してくれないだろうか。よだれとともに噛みかけのガムを口外へ排出するのもいかがなものかと思う。
 それにつけても、なぜ梅ガムか。私としては、クールミント・ガムが望ましいのだが。
 バッタ屋あたりで大量購入に及ぶと、梅ガムになるのだろうか。人気なさそうだもんなあ梅ガム。さぞかし安いんだろうなあ。
 梅ガムで充分、と決めつけられてしまった我々を乗せて、白ナンバーのレガシーは深夜の国道六号線を疾走していくのであった。

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