113 97.06.19 「ライブ in 満福食堂」
満福食堂のレバニラ定食は、取手市民の誇りである。本市の郷土料理といっても過言ではない。私が言うのだから、間違いはある。
レバニラの神様に祈りを捧げつつ、私は食べていたのである。堪能し、満喫しておったのである。レバニラの海に身も心も投げ出して、忘我の境地をさまよっていたのである。
ふと、悦楽の世界にたゆたっていた私を、せちがらい現実に引き戻した異音があった。なんだなんだどうしたんだ。私は、レバーの肉汁を噛みしめながら、異音の主をさがした。
青年であった。長髪をうしろに縛っている。ネギ味噌ラーメンを啜っていた。なおかつ、歌っていた。ラーメンを食べながら口ずさむという驚天動地の新機軸だ。
むむむむ。私は、ここぞとばかりに観察体勢に入った。
青年の口は休まない。ラーメンを啜り込むとき以外は歌声が洩れる。麺が唇の間を通過している間は鼻歌だ。ここは歌声食堂なのか。
英語だ。耳に憶えはないが、ハードロック系統の楽曲であった。口ばかりでなく、青年は身体も休めない。上半身でビートを刻みながらラーメンを啜り込むという荒業を、青年は軽々と体現するのであった。
なんだか、すごいっ。
って、ずいぶん間の抜けた感想だが、私は感嘆した。ラーメンを食いながらグルーヴする青年を、これまで私は目撃したことはなかった。いやまあ、そういう中年も少年も目撃したことはないが。
周囲の客も次第に耳目を青年に集中させているようであった。あからさまに眉をしかめるひともいる。よいではないか。歌いたい奴にはかなわない。青年は周囲の思惑など一顧だにしないのだ。ひたすら、歌唱とラーメンの摂取に没頭している。
更に観察を続けた結果、青年の驚嘆すべきテクニックが明らかとなった。
楽曲の展開に応じた食べ方を演じているのであった。サビの部分にくると大きなモーションで麺を掬い取る。麺を啜り込む行為は主にカウンターメロディとして用いられているようだ。最後のリフレインは、怒涛のスープ一気飲みで締めくくられた。
ネギ味噌ラーメンを食べ終えた青年は、全身でリズムをとりながら代金を支払い、歌いながら出ていった。
よいものを観させて頂いた。これもレバニラの神様の御利益であろう。
最後に皿の上のニラを掻き集め、私も食事を終えた。代金を支払う際に、店員がくすりと笑った。自分でも意識しないうちに、私は身体を揺らしていたらしい。リズム感という点で、私はたいへん劣っている。私は赤面するに至った。
しかたがないのだ。変拍子は、私の人生の律動である。
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