108 97.06.05 「ツチノコ秘話」
「ツチノコはすでに捕獲されておるのではなかろうか。何度か捕獲され、そのたびにその事実は隠匿されてきたのではないか。闇から闇へと葬り去られてきたのではなかろうか。俺はそう睨んでいる」
睨むのは勝手だが、語尾に力を込めながら私を射すくめるのはやめてほしい。
森崎某は私の友人としてつとに有名だが、この男の発想、論理、見解といったものは、常に世間とは一線を画す。
「ツチノコは、木の葉のことは違って、目撃談だけでその存在が構成される、奇妙な奴ばらである。いるかもしれないし、いないかもしれない。基本的にはどっちでもかまわない」
森崎某は熱弁をふるうのであった。
私は黙って聴いている。いきなりなにを言いだすのであろうか。一瞬前まで、バーボンの水割りは唾棄すべきものか否かという話題に打ち興じていたのである。なぜに、いきなりツチノコか。いかなる背景をもって、ツチノコが登場するのか。
「ところが、ツチノコに利権がからむと、いてもいなくてもいいとばかりも言ってられなくなる。いてもいなくても困る、と考える人々がいるわけだ。たとえば、世の中にはツチノコを使って村おこしを企てる自治体がある。これは意外な数をかぞえる。村議会にツチノコという単語が飛び交うのだ」
「ツチノコ保護要綱とかツチノコの里建設予算案を審議したりするのか」
「そうだ。親類縁者を総動員して当選のアカツキを迎えた村会議員さん達が、ツチノコについて真剣に語り合うのだ。議場を席巻するツチノコ。死ぬまでに一度は傍聴してみたいものだ」
みたくないなあ、オレ。
「ツチノコで村おこし、というふざけたコンセプトを実現させた人々はつくづく偉い。詐欺師だ。存在するかどうかわからないものを象徴にして、けっこうな額の税金や補助金が注ぎ込まれるのだ。すごいぞ」
すごいかなあ。
「ツチノコの存在が確認されたら即座に破綻するという綱渡りだ。その不存在が立証されても困るが、その存在が立証されても困ってしまうのだ。ツチノコが存在したとしよう。村おこしの目玉なんだから、いることがわかった以上、生け捕りしなければならぬ。捕獲して見せ物にせねばならぬ。捕獲した。しかし、なにを食うのかわかったものではない。すぐに死ぬ。関係者の脳裏に、WWF、環境保護団体などといった単語が飛び交う。こりゃ隠すほかなかっぺや、といった展開になる。なかったことにしよう、というやつだ」
無駄な想像力である。
「とはいえ、情報はどこからともなく洩れるものである。村内に噂が立つ。だが、関係者は徹底して認めないのだ。躍起になって否定するのだ。彼等はこう言うだろう」
森崎某は、にたりと笑って、一呼吸おいた。どうやら、結論のようである。
「ツチノコに限って……」
私は脱力した。つまり、ただこの駄洒落を言いたいがために、強引にツチノコを話題にしたもののようであった。
私がウケなかったもので、森崎某は途端に不機嫌になった。
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