096 97.05.04 「電車の中で」

 基本的に本なり新聞なりを手にしていないときには電車には乗らないが、やむにやまれずなんの読み物も持たずに乗るはめになることもある。仕方がないので中吊広告などを眺めるが、芸能人の離婚を知ったりしてもさほど楽しいものではなく、すぐに飽きる。
 妄想癖の登場だ。
 たとえば、乗客が全員片側に寄ったらどうなるのかと、よく考える。仮に、全員がなにかのかげんで左側に寄ったとする。線路際で火事が起こっていて全ての乗客が野次馬と化したとかの理由で。そういう情況のときに線路が左へカーブしている箇所にさしかかったとしよう。御存じのとおりカーブした線路は内側のレールが低い。車両が心持ち左へ傾いている。重心が左に偏った車両は内側に転倒しないのだろうか。あるいは、右へカーブしている地点にさしかかったとする。過大な遠心力を得た車両は外側へ転倒しないのだろうか。
 著しい偏心が設計条件に加えられていることは明らかだから、妄想以外のなにものでもない。それはわかっているのだが、なぜか考え込んでしまう。左側に寄った全員が吊革なり荷物棚なりにぶら下がったらどうなるだろう。偏心荷重は車両の上部に集中するようになると思えるのだが、違うのだろうか。素人考えだが、モーメントは一気に増大するとしか思えない。そこまでの前提条件をも考慮して転倒の検討はなされているのか。そこのところが、ちょっぴり不安だ。
 そして、みんなが左側に寄ったらオレだけは右側の非常口ボタンがある場所に行って一人だけでも助かってやるぞ、と固く心に誓うのである。
 好きな映画はと問われると「タワーリング・インフェルノ」と「ポセイドン・アドベンチャー」と即座に答える私である。どうも、非常事態に叩き込まれるのを望んでいる気配がある。現実逃避であろう。こういう奴ほど、いざというときには役に立たないのだが。
 そういったような妄想情況を披瀝したところ、やっぱり呆れられた。私はひとを呆れさせるのが得意だ。
 そういう心配をするひとはいない、というような感想を得た。あんたが妄想するような、乗客の偏りに起因した事故がかつてあったか。否。ない。踏み切りに自動車が立ち往生したりポイント切り替えにミスがあったり土砂崩れがあったり運転手が居眠りしたりしたときに、列車事故は起こるのである。あんたが言うような事故は起こり得ない。絶対にない。ないったらないのだ。
 そうかなあ。私は釈然としない。どうして、絶対にない、って言うのかなあ。
 可能性、皆無じゃないと思うんだけど。
 もっとも、相手の見解は正論なので、私は反論できない。もうそんなことを考えるのはやめなさい、もっと大切なことがあるだろう、などと親身になって諭されたりしまう私なのであった。
 そうかな~。やっぱりオレ、乗客がみんな片側に寄ったら電車は転倒すると思うな~。

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