081 96.11.25 「ガラパンの怪人」

 バルゴンとは、怪獣である。ガメラと戦い、昭和怪獣列伝にその勇壮な名をとどめた。傑物といえよう。私はたいへん好きだった。その証拠にプラモデルを買った。小学校のバス旅行で大洗海岸に赴いた折の不可思議な行動である。
 なんのつもりであったのだろう、小学生の私よ。近所のおもちゃ屋でも買えるではないか。母親はバルゴンのプラモデルの箱を眺め、呆れ、嘆き、やがて馬鹿息子を諭した。旅行に出かけたときは、その土地でなければ手に入らないものを買うものだ、と。彼女は自らの教育方針に懐疑を抱いたようであった。
 だが、彼女の教育方針にさしたる問題はなかった。ただ単に、馬鹿息子は本当に馬鹿だったに過ぎなかったのである。家族で箱根に出かけた折に、彼女はそれを悟った。馬鹿息子は土産物屋に置かれた品々にはなんの興味も示さず、隣のスポーツ用品店のショウウィンドウに飾られた高田繁のサインボールを食い入るように見つめるのであった。彼女は、馬鹿息子をその場から引き剥がすために、店主に無理を言い、売り物ではなかったそのサインボールを買い与えることを余儀なくされた。
 馬鹿息子が中学校の修学旅行の際に京都で6石トランジスタラジオのキットを購入してきた時点で、母親はようやく諦念を抱いたようであった。高校の修学旅行から帰ってくるなり長崎で購入したボストンのLPに陶然として針を落とす息子を眺めるに至り、彼女はついに認めたくはない現実を受け容れた。
 彼女の息子は、旅行に出かけると逆上して、どこでも入手できるものを購入する性癖があるのであった。
 どうして、そのような展開になるのであろう。私には、わからない。
 いま振り向けば、壁にぶらさがったハンガーにACミランのユニフォームがかかっているのが見える。もちろんレプリカである。高価であった。背番号9、リベリアの怪人ジョージ・ウェアのモデルである。
 時ならぬスコールに見舞われて雨宿りをした店先のショウウィンドウに、その赤と黒の太い縦縞のユニフォームは掲げられていた。
 スコールがやんだときには、私はその店の紙袋を手にして、サイパンはガラパンの街の目抜き通りを歩いていた。
 その間の記憶がない。
 いったい、私の身になにが起こったのであろう。
 サイパンである。マリアナ諸島にあるサイパンである。アメリカ合衆国に信託統治されている、あのサイパンである。
 同行した連中にさんざん笑われた。なにもサイパンくんだりに来てまで買うものではなかろう。日本でも買えるではないか。どうかしているのではないか。何を考えているのか、と。
 笑われても返す言葉がない。何を考えて購入したのか、私にもさっぱりわからないのだから。
 その翌日、ガラパンの街に、ACミランのユニフォームを着た怪人が出現したという。海辺のリゾートに降り注ぐ眩しい陽射しの下で、異様な違和感を放っていたと伝えられる。
 彼は依然として、過去の体験から何も学んでいないようであった。

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