060 96.08.18 「私、つくる人」
ナイター中継を横目に、タマネギをみじん切りにしていたら、電話が鳴った。泣きながら出る。
宅配便の配達員からだ。私のアパートを発見できない、という。ううむ。たしかにちょっとわかりにくいからなあ。
「ローソンの手前を右に入るんですね」
「そうそう」と、涙を流しながら答える私。
「泣いてるんですか。なにか御不幸でも」
さしでがましい人だな。「いや、ちょっとタマネギ切ってたもんで」
「あ。そうですか。安心しました。よかったよかった。じゃ、伺いますから」
はて。なにがよかったというのだろう。妙な人だ。
タマネギを炒めていると、また彼から電話がかかってきた。片手で木べらを動かしながら話す。コードレスはこういうときには便利だ。
「ローソンが見当たらないんですよ~。どんなローソンですか」
どんなって、あなた。ケーキに立てるローソンや仏壇に立てるローソンがあるわけない、って、それはローソク。
「え~と、少なくとも店長は高嶋政伸じゃないな。中山美穂も買い物に来ない」
「ふざけないでくださいよ~」
「だって、ローソンはどこも似たようなもんでしょう。どんな、って言われても」
タマネギがいい色になってきた。今日の火加減は、ばっちりだ。
「そりゃそうなんですけど~」
「で、どのへんにいるの?」
詳しく聞くととんでもない場所にいることがわかった。住宅地図を営業所に忘れたという。そんないいかげんでいいのかな。私のが最後の荷物というのがせめてもの救いか。こちらにはもう外出の予定はない。
「まあ、のんびり来てよ」
詳しい道順を伝え、電話を切った。
肉、ニンジン、ナス、マッシュルーム、水などが投入され、鍋が煮立ってきた。アクを救っていると、また電話だ。
「ローソンの手前に横道なんかないですよ~」
「まさか」
よく聞くと、こちらの想定したローソンを通り過ぎて、次のローソンまで行ってしまったらしい。なぜ見落としたのであろう。不思議だ。
「もう、参りましたよ。オレ、もうハラへっちゃって」
そんなこと知らないよう。
「まあ、ともかく、頑張って来てよ」
カレールウを投入した。あとはじっくり煮込むだけ。ついでに荷物を待つだけ。
ところが、いくら待っても彼は来ない。どうしたんだろう。ナイター中継は終わってしまった。
カレーを食べる用意ができたところで、ようやく呼び鈴が鳴った。
「お。やっと来たね。御苦労さん」
「いやあ、そこのローソン、改装中だったんですよ。真っ暗になってて気がつかなくて。オレ、もう、同じ道を何度も行ったり来たりしちゃいましたよ」
あらま。
「そりゃ、悪いことしちゃったな。そうかあ、改装中だったのか」
「いやもう、ハラはへるは心細くなるわで」
冬山で遭難したみたいな言いようだ。たしかに、最初の電話を受けたときはまだタマネギ刻んでたんだもんなあ。
「すまんすまん。そんじゃ、カレーでも食べる? ちょうどできあがったとこなんだけど」
はて。そこまでする義理は、ないよな。しかし、私は無思慮にこういうことを言い募ってしまう癖があるのだ。
「ほんとっすか。いただきますいただきます」
無邪気に喜んでいる。
結局、3皿も食いやがった。えらい食欲だ。
「いや~、ごちそうさまでした。うまかったです」
「そりゃ、よかったよかった」
はて。なにがよかったというのだろう。私も妙な人だ。
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