036 96.06.16 「混信国道6号線」
「おはよ~。まるちゃんだよ~ん」
ジョン・カビラの声に覆い被さるように、いきなり、まるちゃんの元気な声は混信してきたのであった。
出勤時の車内では、カーラジオを聴いている。まずはFM放送で、たいていはJ-WAVEだ。ジョン・カビラが、なんだか妙なもんで、つい。他局を聴かざるをえないこともある。時々トラックの無線が混信してくるからだ。周波数の関係なのか、特にJ-WAVEは影響を受けやすい。
アマチュア無線だかパーソナル無線だか知らないけど、あれ、なんとかならないかなあ。FM放送の周波数帯まで浸出してくるってのは、どうせ改造無線機だろう。免許を受けた最大出力を大幅に超える強力な電波を撒き散らしているのだ。あまりに強力なので、まるっきり関係のないカーラジオからも聞こえてしまう。
朝のひとときのささやかな娯楽を奪うんじゃねえよぷんぷん。と、憤慨しておったのだけれど、案外そうでもないことがわかった。傾聴に値する話もあったのだ。
「そこで、オレは○○○を××しちゃったんだよ~ん」
まるちゃんは開けっぴろげな明るさを振りまきながら、無線仲間に対して、激しかった前夜の行状を赤裸々に伝えるのであった。相手の電波は入ってこない。まるちゃんの独り舞台。内容については、まあ誰もがすることなので特に語るべきことはないが、表現がやけに緻密で、異様に豊富な語彙を駆使するのがまるちゃん節の真骨頂なのであった。そういやそんな言葉もあったよなあ的なえげつない隠語の類が、とめどなく溢れてくる。「ナニワ金融道」看板総集編という感じ。使い方がまた巧みで、魅力的なフレーズがたくさんあった。
「で、3発目はさあ~」
気になる。どのような人物であろうか。私はまるちゃんを探すことにした。混信の時間が長いので同方向に向かっているに違いない。そんなに遠くにはいないだろう。バックミラーにはそれらしき車影はない。前だ。私はアクセルを踏んだ。二車線道路を車線を頻繁に変えながら走り、やがてそれらしきトラックをつかまえた。赤信号で横並びに停車した。様子を伺う。ラジオから流れる声とそれらしき運転手の口の動きが見事に同調。まるちゃん、見~っけ。
「5発目になるとも~」
まるちゃんはひどく若かった。童顔。ハンドルを握っていなければ、中学生に見える。ううむ、そんな子供の顔で夕べは5回も。まいったなあ。
まいっていたら、急にまるちゃんがこちらを向き、目が合ってしまった。あせる。こちらはどんな人物か確認したかっただけだ。交流を持とうとしたわけではない。しかし小心者なもんで、つい薄笑いで応えてしまった。異人種に異人語で道を尋ねられて困ったときに思わず出ちゃうあの薄笑い。まるちゃんはきょとんとしている。仕方がないので、私は窓を開け、大きめの声を出した。
「ぜんぶ聞こえてるよ。カーラジオから」
「ほんと?」
まるちゃんのお答えは、ラジオから返ってきた。
「ほんとだよ」
まるちゃんはどぎまぎしていた。混信を撒き散らしているほうには、たいがいそんな自覚はない。これに懲りて無線機の違法改造をやめてくれるだろうか。
しかしまるちゃんに反省はないのだ。やがて、にっこり笑った。元気な声がカーラジオから聞こえた。
「もうちょっとの間、我慢しててよ。あと2発分だからさ」
そこで、信号が変わり、まるちゃんは勢いよく発進した。
7回も。
聴きましたよ、私は。
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