12月26日 彼等の夜


 高校生なのだろう。中学生といわれても驚かないが、大学生といわれたら驚く。両者ともにたいへん幼い顔立ちで、ありありと緊張している。それでも男の子の方は、なけなしの虚勢をすべてはたいて、上擦り気味の声を出した。俺はドライマティーニ、こっちにはミモザ。
 かしこまりました。私は丁重に答える。彼がドライマティーニという言葉を口にしたのは初めてらしい。大人ぶっているのだから、大人として遇したい。
 悪くない選択だ。おおかた雑誌で身につけた知識なのだろうが、初めてバーに足を踏み入れたお嬢さんにシャンパン・ベースのカクテルとは、いいところをついている。

 時折、こういった場違いな少年少女が迷い込んでくる。普段は女の子の方が主導権を握っているのかもしれないが、この店に現れた高校生カップルはすべて、男の子が女の子をリードしていた。例外はない。
 居酒屋のチェーン店じゃない。カラオケボックスじゃない。ここは、バーだ。
 せめて、バーくらいは、馬鹿な方の自由にさせてくれたっていいだろう。

 私としては、たいへん気を遣う。男の子の矜持が傷つかないようにしなければならない。
 しなければならない、とは、私のわがままなのだが。
 彼等は、飲み慣れていないし、場馴れもしていない。しかも、酒に関する知識が不足している。それでも、連れの女の子に示したい何かがあるらしく、精いっぱい大人ぶる。
 できるかぎり彼を助勢したいが、それを気づかれたら彼の負担になる。このあたりの兼ね合いが難しく、結局はたいしたことをしてあげられない。
 アルコールの濃度を加減して女の子を先に酔わせるのが関の山で、しかも彼の緊張を解くのとを両立させるのは難しい。

 彼は二杯目のドライマティーニを飲みながら、このオリーブは食べないのが通だという、聞き飽きた話を始めた。女の子はうっとりとして聞いている。彼女は彼のオーダーによってテキーラ・サンライズを飲んでいる。
 彼は無謀にも、私にオリーブ問題について同意を求めてきた。ふつう、食べませんよね。
 私は困惑した。ふつうは食べる。すくなくとも、バーテンダーとしては食べて欲しい。
 私は、答えた。こだわりをもっていらっしゃる方は食べませんね、と。
 優等生的返答。
 彼は、どうだい、というように彼女を見やった。彼女は、こっくりとうなずいた。酔っている。
 うまくいったらしい。

 彼は最後に自分のためにギブソンを、彼女のためにユニオンジャックをオーダーした。彼は、そうとう研究していたらしい。ギブソンはいい。簡単だ。しかしユニオンジャックはなかろう。注ぐ酒の比重を利用して色彩の層をつくらなければならない。バーテンダー泣かせのカクテルをなぜオーダーするか。
 なんとかつくりあげ、二人に振舞う。
 彼女は三層の色彩に感激している。苦心さんたんしてつくっただけに、私としても一安心だ。

 やがて、二人は帰っていった。
 女の子の方は彼をどう思ったのだろうか。彼を頼もしいと思ってくれただろうか。
 そう願いたい。

 しばらくしてから、トランプでソリティアを黙々とやっていた常連が、ぽつりと言った。キタちゃんも、あんなこと、あったかい?
 私は、答えた。みんなあったんじゃないですか、こんなところにいるひとは。
 そりゃそうだ。彼は自嘲気味に苦笑した。こんなところにいるひとは、ね。
 彼はちょっと間を置いて、続けた。その、なんだ、あれだよな、ええと、その、羨ましいよな。
 私は、うなずいて、言った。まったくもって。


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