11月19日 フォアローゼスの夜


 客が来ない。潰れるのも間近か。
 暇を持て余し、酒棚の整理を始める。
 期日を過ぎたボトルの中身を次々に流しに空ける。地球に優しくないバーテンダーとの誹りは、免れられない。まあ、いい。地球もたまには酔っ払ってくれ。

 丸々一年が過ぎたフォアローゼスを発見し、思い悩む。捨てるべきか。前回整理したときにも、捨てられなかった。まだ半分ほど残っている。

 これからも時々来るから。佐藤さんは、そう言って、新しいボトルを入れた。定年退職の日の夜を、一人きりで、その半分を味わいながら過ごしていた。
 ぼんやりと視線を宙にさまよわせながら、時折ぽつりと、キタちゃんは会社勤めをしたことがあるかい、などと尋ねる。
 積み重ねた数十年の最後の日に、私のような人物と世間話をしている。申し訳ない心地だった。

 その晩以来、すでに一年が過ぎた。佐藤さんは姿を見せない。
 嫌な想像が脳裏を横切り、当惑する。

 やっぱり捨てられず、私はフォアローゼスを酒棚に戻した。


扉へ | 次の夜へ