243 00.02.21 「宇部なるかな」

 山口県宇部市は、同県南西部に位置し瀬戸内海に面した工業都市である。人口は県下第二位の十七万五千人を数え、モモイロペリカンのカッタ君や甲子園の常連宇部商業高等学校などで知られている。
 が、つい先頃、宇部市の知られざる一面が、ひょんなことから露見したのであった。それは「宇部市にはショートパンツ姿の女性はいない」という奇妙な提言であり、宇部市民がその見解を支持しているかどうか定かではないが、そうした所見を有する人物は確かに存在するのであった。
 このなんとも不可解な提言をなしたのは山口県警宇部署の交通総務課の警部補(33)であり、この発言が採取された場所は広島県警広島中央署の取調室である。
 ことの顛末はたいへんに単純である。新聞などが報ずるところによると、警部補ちゃんは先月初旬より広島市にある中国管区警察学校にて研修を受けていたのであったが、今月十八日午前に一ヶ月以上に及んだ研修をようやく修了したのであった。
 その午後一時三十五分頃に、警部補ちゃんの脳裡に去来した情動はいったいいかなるものであったのであろろうか。ただ単にムラムラしちゃったんだよん、といったあっけらかんとした心底がいちばんわかりやすいが、はたしてそれだけなのであろうか。昨今、警察官は不祥事を起こすのがトレンドであり、その流れに乗り遅れたくなかっただけなのかもしれない。はたまた、本人が供述する通り、中国地方第一の都市であるサンフレッチェとカープの広島市において「ショートパンツ姿の女性」を目の当たりにした衝撃のあまり、昇進とか生活の安定とか世間への外聞とかそういったことが瞬時に消し飛んでしまったのかもしれない。確かに、「だって、宇部にはいないんだもんショートパンツ」というのが、警部補ちゃんの自己弁護なのではあった。
 「宇部市には短いパンツ姿の女性はいないので、見てみたかった」とは、新聞が警部補ちゃんの供述として伝えているところである。
 警部補ちゃんは、「十八日午後一時三十五分頃、広島市中央区のショッピングセンターのエスカレーターで、ショートパンツ姿のアルバイト店員(17)の後ろから、デジタルカメラをお尻に近づけるなどした」のだそうである。そういう「疑い」を抱かれたのであり、すったもんだがあったのであろうが、つまるところ広島中央署の諸氏が出動せざるをえなくなった模様である。
 この列島の警察官諸氏は己の属する警視庁道警府警県警に守られているのであり、都道府県の枠を越えてナニカをしちゃうと、自らの属する組織はなんの役にも立たない。警視庁道警府警県警がなんとかうやむやにしたくても、そこは競争原理である。敵の失点は自らの得点。「山口県警の連中がウチのナワバリでなんかやったのか。すぐさま引っ捕らえろ」と、広島県警の自己防衛。そのへんの機微をわきまえていなかったのが、警部補ちゃんの最大の失点なのであろう。
 かくして、警部補ちゃんのもとにやって来たのは、広島県迷惑防止条例くんである。やあやあ、キミがショートパンツの女の子に過度の興味を抱く困ったちゃんだね。お尻が好きなんだね。ボクも好きだけどさ、キミのやり方はね、ボクのお気に召さないんだよね。ボクなりの表現をすれば、「粗暴行為等の禁止」なんだよね。あー、広島中央署のショクン、コイツの言い分をとくと聞いてやってくれたまえよ。
 はい、ワタシがやりました、と、あわれ警部補ちゃん。書類送検。送検でーす。
 われわれ市井のひとびとにとっては、「三部コピーして、あそことあそことあそこにファックス送って、原本はファイルしといて」というのが書類である。あるいは、「あそこに原本証明郵便で送って、原本は金庫にしまえ」とか、「勝手にオレのハンコ押しとけ、どうせセキニンをとるのは部長だ」とか、そういったものが「書類」である。
 書類とは、紙である。
 ところが、ケイサツにとっての「書類」は象徴である。「書類」は送検されるのである。「検察」に送られるのである。紙ではあるが、送られるのは、なにかもっと深いものである。つまるところ、それはジンセイである。
 はーい。警部補ちゃん、アウトね、アウト。ゲイムセットね、キミのジンセイ。ぐずぐず言ってもしょうがないのね。山口県内でやらかしたなら、みんなでよってたかってなんとかしてくれのに、キミは仲間の手が届かないとこで、そんなとんでもないことするんだもんなあ。広島県警としても、ほら、それなりの立場があるし。ほら、いろいろとさ。
 誰も尻拭いはしてくれない。しょうがないよね。
 気になるのは、警部補ちゃんが提示したひとつの命題である。
 「宇部市にはショートパンツ姿の女性はいない」ゆえに、広島市内でその姿を目の当たりにした結果その凶行に至った、というのが、警部補ちゃんの弁明にもならない供述である。
 任意同行を求められた警部補ちゃんは、そのように供述しているのである。そうして、そのような戯言が記された「書類」が、送検されようとしているのである。
 どうなのか、宇部市民のみなさん。特に、妙齢の淑女の方々。
 はかないのか、ショートパンツ。いや、新聞が「ショートパンツ」と呼称しておるので、こちらもその単語を使用しているのであり、みなさんにはみなさんなりのファッション観に基づいた一般名詞があろう。が、呼称はどうでもよい。
 そういうものをはくのかはかないのか、そのあたりをはっきりして頂きたい。
 広島市の「アルバイト店員(17)」は、はいていたのである。身につけていたのである。山口県宇部市では、いったいどうなのか。
 宇部市長の藤田忠夫氏は、「緑と花と彫刻のまち」と自らの市を標榜している。一方で、「元」がついているのかもしれない「山口県警宇部署の交通総務課の警部補(33)」は、「ショートパンツ姿の女性はいないまち」と宣言している。「ショートパンツ・ゼロ都市宣言」である。いったい、どちらが正しいのか。おそらく、どちらも正解ではないが間違ってもいないのであろう。
 山口県宇部市、興味が尽きないまちではある。

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