222 99.05.08 「社長に表彰される」

 表彰されてしまった。社長表彰なのだそうである。
 どこの社長かといえば、真っ先に疑わしいのは日本たばこ産業株式会社の水野勝社長だが、確信はない。昭和初期より大阪市此花区で紙の卸問屋を営む株式会社このはな商会の三代目社長佐々木雄一郎もちろんロータリークラブの会員だよ、かもしれないし、兵庫県尼崎市において五年前に株式会社ヒポクラテスを創立しソフトウェア開発に起業家生命を賭けた倉持誠次社長二十八歳一日の睡眠時間は平均四時間です、かもしれない。
 いったい私を表彰したのは、どんな企業のどんな社長なのであろうか。どんなどんなどーなーどーなー、謎である。さすがは大阪である。やることが違う。子牛を乗せている。四つ橋筋の桜橋交差点近くにある煙草自動販売機の前で、私はしばし立ちつくすのであった。そんな都心で、よもやそんな大技を繰り出してくるとは。侮り難し、大阪。の、煙草自動販売機。
 その夜、呑み疲れてホテルに辿り着いた私は、ふと思い立ち近所のコンビニエンスストアに買物に出掛けた。その帰途で見掛けた煙草の自動販売機の前で、いささかの難問に直面したのである。五百玉を投入した後、いつも喫っている銘柄が品切れとなっていることに気づいた。はてさて、いかがすべきか。べつに、池の畔で失った斧の主成分を問われているわけでも、砂漠でスフィンクスに足の本数に関する問題を突きつけられているわけでもない。さしたる考慮もなく「峰か。さいきん喫ってねえなあ」とその灰色調のパッケイジが目にとまり、「久し振りに喫ってみっか」と購入に及んだのであった。「峰」を買ったのであった。竜太よ、今夜もありがとう。
 ところが大阪、ここは大阪、いきなりの寿攻撃だ。馬鹿にしないでよオペレーション・コトブキ。出てきた煙草のパッケイジは、むやみやたらとコトブいているのであった。燦然と輝く「社長表彰」の文字を取り巻くように、紅、白、金などの色彩が絢爛豪華に氾濫している。金の鶴が舞っている。白い花びらが舞っている。ちょっと舞って、プレイバック。いまの煙草、プレイバック。私は、間違ったボタンを押してしまったのではないかと、己の行動を振り返った。いったい何を教わってきたのか私は。間違いない、私は峰を購入するためのボタンを押したはずである。その証拠に、このパッケイジにおいて、申し訳なさそうに恥ずかしそうに「峰」のロゴは微苦笑をたたえているのであった。わかるよ、峰。私だって疲れるのである。峰である。峰としかいいようがない。しかし、その身にまとった衣装について、峰は「孫がケッコンするはんで、ネクタイなぞ締めてみたんがでえもく似合わんなが」といった謎の方言混じりの独白を色濃く滲ませるのであった。
 つまりは、記念煙草である。どこぞの企業がなんらかの社内イベントの際に発注したものらしい。平成十年十一月九日が、その記念日である。パッケイジに、そう謳われている。なんらかの目標を達成したのか水野さん。創立記念日だったか佐々木さん。三十万本ほど出荷できたか倉持さん。なにがあったのか未だ匿名の社長。わからない。わからないが、社長表彰である。記念の煙草である。煙草一箱でごまかそうとした浅慮を咎め立てする不粋はすまい。よいではないか、こんな私でも表彰されたのだ。思えば、表彰の栄に浴したのは、小学生のみぎり校内マラソン大会で六位入賞を成し遂げた以来であろうか。感慨無量である。
 それにつけても、なぜ峰か。かなり地味な銘柄ではなかったのか、峰は。マイルドセブン系なりキャスター系なりキャビン系なり、喫煙者に広く受け容れられている銘柄があるように思えるが。ワンマン社長の好みが露骨に反映したというありがちな結末なのか。それとも、一担当者の己の手前勝手な嗜好に貫かれた捨て鉢な企画が上役に見過ごされ続け、奇跡的に通ってしまったのか。
 なんにせよ、水野、佐々木、倉持あるいは未だ匿名の社長、そのいずれかの決済印が押された企画書が、どこぞのオフィスのとある書架のバインダーの中に眠っているのかもしれない。水野社長の決済を仰ぐような事柄ではないし、佐々木社長は文書決済など意に介せず口頭で命令するだけだし、倉持社長の会社では紙で記録を残すことはないかもしれないが。
 わからないのは、そんな背景を持った記念煙草がなにゆえに流通していたか、その一点に尽きる。なぜ、自動販売機に。どういったカラクリで私の手に。大阪、不意をつく街である。しかも記念日は半年前である。酷いことに、この記念煙草には賞味期限が記されていない。まずいんじゃないのか、日本たばこ産業株式会社の担当者よ。品質は損なわれていないのであろうか。
 そういう煙草をもって、私は表彰された。
 誰だかわからないが、社長、ありがとう。
 おすそわけ、おこぼれ。午後十一時の大阪は四つ橋筋で、私はそうした文脈で表彰されたのであった。
 あるいは、されなかったのであった。

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