211 98.12.14 「モノジャン十番勝負」

「よう。今夜は、鍋か」
 スーパーで旧知に出会うのは、なにかしら居心地が悪いものである。買ったばかりの食料品をポリ袋に詰め替えている最中に出会おうものなら、つまり冷蔵庫の中身を覗かれているに等しいわけで、その気恥ずかしさも一層である。しかも、購入した品々をしげしげと観察されたあげく今夜の献立を見透かされてしまったとなると、鍋があったら入りたいといった心地に苛まれなければならない。って、ヤな心地だな。更には、出会ったのが森崎某なると、あら、あららら、なんでおまえがここにいるんだよ。我が庵の冷蔵庫から勝手にビールを持ち出す輩を相手に、気恥ずかしいもなにもないではないか。
「オレの気恥ずかしさを返せ。鍋があったら入りたいなんて、思ってないぞ」
 言ってみたが、虚しい。森崎某も取り合わなかった。
「葉物が高値だってのに、ずいぶん豪勢だな」
 などと言いつつ、無遠慮な視線で私の買物を眺め回しやがった。馬鹿のくせに、多少は昨今の物価情勢をわきまえているらしい。
 森崎某は、主に社会適応能力の欠落といった点において少しはこのあたりじゃ知られた顔である。この不適格者が、スーパーで買物をするなどという一般市民であるかのような所業をなしていたとは、数少ないと推察される友人であるところの私も知らなかった。
「おまえも鍋らしいな」
 私も、森崎某がぶら下げているポリ袋を覗き見返した。ひょっこりと飛び出した葱が、その人相風体との違和感を強調している。
「鍋だ。やはり、この時期、鍋であろう」
「そうか。やはり、鍋か」
「鍋だ」
「鍋なのだな」
「鍋なのである」
 そのような経緯で、ともに鍋を囲む運びとなった。
「で、俺は鶏なのだが、おまえはなんだ」
 我が庵に辿り着くと、おもむろに森崎某は問うた。
「オレは牡蛎だ」
「ふうむ。それは共存できんな」
「どうする」
「モノジャンで決めるというのは、どうか」
「モノジャンか。久しくやっとらんな。モノはどうする」
「これがあるだろうが」
 森崎某は、ポリ袋を掲げた。
「ああ、そうか。しからば、やろう。十番勝負な」
 私は、自分のポリ袋を手許に引き寄せた。
「じゃ、いくぞ」
「ほい」
「俺は、これだ」
 森崎某は、ポリ袋から芹を出してテーブルに置いた。いきなりの奇策である。
「そうきたか。オレはこれだ」
 私は、オーソドックスに白滝を出した。
 モノジャンという慣習はあまり一般的ではないように思うが、実際のところはいったいどうなのであろう。通常は自分の持ち物や室内で目に付いた物を使うのだが、本日は袋の中から出してくるので、いかにもジャンケン風である。つまるところは、手のかわりにモノを使うジャンケンであり、森崎某と私は時折やっておるのだが。
 やはり、双方の馬鹿加減が同レベルでないと成立しえないのが、難点なのか。
 森崎某は、芹の束を頭上高く掲げた。
「さて、この芹だが、ただの芹ではない。この紫色のテープを見よ。この燦然と輝くJA長木田の文字こそが、長木田農業協同組合の誇りなのだ。ああ、長木田の農家の皆さん、ありがとう」
 このように口上の馬鹿具合で勝負を競うジャンケンというものは、やはりどこか異端の香りは否めない。普及しないのも当然である気はする。
「なんのなんの。この白滝こそが、英雄である。なにを隠そう、群馬県吾妻郡にその名を轟かせる有限会社浜田物産の主力商品こそが、この“特選しらたき”である。この浜田物産は、社長浜田憲三が一代にして築き上げた会社で、」
「わかったわかった。俺の負けだ」
 森崎某は、私のでっちあげを途中で遮り、白旗をあげた。むふむふ。まずは、私の一勝。
「ううむ。調子が出んな」
 森崎某はぼやきながら、葱を出した。私は春菊で打って出た。
「じゃあ、オレはこの春菊を世に問おう。この春菊、今でこそ鍋の友として世間にあまねく知れ渡っておるが、ここに一編の物語がある。時は戦国、足利幕府第十三代将軍、義輝の幕閣に細川藤孝なる異才があった。この藤孝、書に名高く、歌に誉れ高く、武将としても一級の人材であったが、春菊にも一家言があったことで知られ」
「わかったわかった。もういい。俺の葱の負け。おまえ、飛ばしすぎ」
 うひひひ。二連勝。
「よし、今度はちと趣向を変えてみよう」
 図に乗った私は、無造作に麸で勝負に出た。麸のないモノジャンは負けモノジャンである。しかし、森崎某は、さりげなく逸品を繰り出してくるのであった。
「ややや。ベビースターラーメンではないか」
「いかにも、これこそがベビースターラーメンである」
「むむ。それは素晴らしいが、鍋になにか関わりがあるのか」
「なにも鍋の食材を購うためだけに買物に行ったわけじゃない。ふたつ買ったが、おまえも欲しいか嫌ならいいんだ」
「ま、待て待て。欲しいかのあとの息継ぎを、なぜ省略するか。問い掛けたなら答を聞かんか」
「いや、ついホトケ心を出してしまったが、途中で惜しくなったのだ」
「惜しくなってはいかんと思うぞ」
「じゃあ、おまえにやろう。そのかわり、次の一番は俺の勝ちだ」
「ベビースターラーメンには代えられまい。やむをえんな」
 えんのか。それでいいのかオレのジンセイ。
「で、次の一番は俺の勝ちとなったが、この一番はどうする。やっぱり、俺の渾身のベビースターラーメンの勝ちでいいか」
「渾身のベビースターラーメンには勝てまい。やむをえんな」
 えんのか。悲しすぎまいかオレのジンセイ。
 予め勝負が決した第四番は、森崎某は鶏肉を、私が牡蛎を提示した。それぞれのメインイベンターにそもそも自信がなかったという、馬鹿同士ならではの展開であった。二勝二敗。
 第五番は、期せずして雑貨対決となった。森崎某は“えぞまつ利休箸(50膳入)”を、私は“のびる水きり袋(20枚入)”を各々推奨した。
「だからな、蝦夷松は“腰が強く折れにくく柔かい手触り”なんだと言うておろうが」
「いやいや、“全体があみ目で水切り抜群”“セットしやすい伸縮性”といった、この天晴れな惹句が目に入らぬか」
 議論は平行線を辿り、引き分けとなった。モノジャンは主観がすべてなので、実際の局面では引き分けが多い。
 その後、森崎某の弁舌が復活し、三勝四敗三引分で、私の敗北となった。第九番において、乾坤一擲の焼き豆腐が森崎某の椎茸に敗れ去ったのが痛恨であった。
「しかし、なにやってんだろうね。オレたち」
 鶏の水炊きをつつきながら、私はつぶやいた。なにか、我々の所業はあまりに虚しい気がしてならない。
「なにって、おまえ」森崎某は言った。「鶏の水炊き、食っとるんだろうが」

次の雑文へ
バックナンバー一覧へ
バックナンバー混覧へ
目次へ