154 98.01.25 「草野球中継」

 こんにちは、草野球中継の時間です。解説は、一人二役ですが、原官兵衛さんです。
「原です。よろしくお願いします」
 さて、早速ですが、ゲイムの方に目を向けてみましょう。利根川河川敷の名も知れぬグラウンドで行われている本日の試合は、すでに終盤を迎え、7回まで進んでおります。両チーム関係者以外の観客は私共のほかに、みすぼらしい雑種犬を連れた土地の古老、試合の進行などには一切の興味を示すことなくひたすらにたわむれる若いカップルがあるのみです。
「いや、彼等の場合は、たまたま腰をおろした土手の下の方で偶然草野球が行われていただけなのではないでしょうか」
 なるほど。原さん、毎度のことながら慧眼です。
「いえいえ、それほどでも。しかし、一人二役のくせに誉め合うのはいかがなものかと」
 いやいや、馬鹿のやることですから、視聴者の皆様もまた始まったか程度にしか思いませんよ。
「なんだ君、馬鹿とはなんだ馬鹿とはっ。一人二役といっても、言っていいこととわるいことがあるぞっ」
 言っていいことなんですよ。
「あ、そうなの」
 そうなんです。
 さて、口論の間にもゲイムは8回まで進んでおります。ただいまのスコアは、2対4。先攻の上町ファイアマンズが、ホームチームの本町ショップスに2点のリードを許しております。
「ファイアマンズは上町消防団のOBチーム、ショップスは本町商店街の若手有志が結成したチームですね。ちなみに、これは私の慧眼です」
 8回裏、ショップスの攻撃。このイニングの先頭打者は昨年まで地元の高校の野球部で4番を打っていた山内選手です。強打者です。
「慧眼なんだよ」
 なお、山内選手の経歴は、飛び交う野次によって明らかとなっております。
「慧眼なんだけどね」
 対するは、ファイアマンズの最年長投手、長谷川です。昨夜の深酒がたたってか、球が上擦っています。
「ぐすん」
 なお、地元で自動車修理業を手広く営む長谷川投手は、昨夜もスナック楓のカナちゃんを愛人にすべく奮闘した模様ですが、またもあえなく失敗したと、野次が物語っております。
「長谷川投手、カネの力ではままならないこともある現実を思い知るべきですね」
 これは原さん、うがった見解ですね。
「うがってみました」
 あ、山内、打ちました。いい当りです。レフト、バックバック、あ、ころんだ。ファイアマンズのレフト佐々木、ころびました。ボールが転々とする間に、山内、駿足をとばして三塁を陥れました。三塁打です。
 長谷川、なにか叫んでいます。減給です。エラーを犯したレフト佐々木に減給処分が下されました。佐々木選手は、株式会社長谷川自動車工業の社員である模様です。長谷川投手、公私混同の暴挙に出ました。
 この処分はどうも、冗談ではないようです。過去にもそんな事例が多々あった模様です。
「長谷川投手、労働基準局をまったく恐れていませんね」
 あ。長谷川、今度はワイルドピッチです。ランナー山内、楽々とホームイン。これでスコアは2対5。ファイアマンズ、窮地に立たされました。
「そろそろ、降板の潮時ではないでしょうか。ストライクとボールが明らかですし、球の伸びも衰えてきたようです」
 しかし続投です。長谷川、続投です。近寄ってきたキャッチャーを追い返しました。
「どうやら、ファイアマンズは長谷川投手のワンマンチームのようですね」
 長谷川投手、四球をひとつ与えながらも、後続をなんとか抑え、なんとか8回を乗り切りました。
 最終回、ファイアマンズ最後の攻撃です。
 ここで、ファイアマンズは驚異の粘りを見せました。二死満塁、バッターはあの佐々木です。あ、長谷川選手から大声の野次が飛びました。公約です。長谷川選手からの公約が発表されました。ホームランを打ったら、減給撤回とのことです。
 佐々木、大きくうなずきました。気合が入っています。ホームランを打てば逆転の場面ですが、原さん、どう見ますか。
「佐々木選手の性格によるでしょう。私のみるところ、凡打に終わりますね。佐々木選手はそういうタイプです」
 打った。佐々木、打ちました。これは大きい。越えるか、フェンスを越えるか。越えた。ホームランです。大逆転です。
 佐々木、チームメイトの手荒い祝福を受けながら、歓喜のホームインです。6対5。ファイアマンズ、最後の最後で、この試合はじめてのリードを奪いました。
 原さん、佐々木選手は見事でしたね。
「私は、佐々木選手はやってくれると思っていました」
 ……。
「……」
 あ。興奮した長谷川選手がなにか言っていますね。第二の公約です。またしても、公約が発表されました。このままこの試合に勝った場合、佐々木選手を課長に昇進させるとの英断です。
 株式会社長谷川自動車工業、その人事はめちゃくちゃです。
「人事を壟断、とは正に長谷川選手のためにあることばですね」
 9回の裏、ショップス最後の攻撃です。こちらも若いながらもしぶとく繋ぎ、強打者山内を迎えました。ツーアウトながらも、一、二塁にランナーを送り出しております。一打同点、長打が出れば逆転サヨナラという緊迫した場面です。
 ここで、山内選手に関する情報が入ってきました。山内選手は昨夜、童貞を失ったとのことです。この味方選手からの心ない野次に、山内、明らかに動転しています。
「これは、勝負を分ける野次となるかもしれません」
 予想通り、ファイアマンズナインから、いっせいにえげつない野次が飛び始めました。
「山内くん、これはこたえるでしょう」
 三振です。山内、三振。ゲームセット。ファイアマンズ、6対5で鮮やかな逆転勝ち。佐々木選手は課長に昇進です。
 あ。山内選手、味方選手に殴りかかりました。野次った選手でしょうか。
「無理もないところです。あの野次が命取りになりました」
 山内選手の興奮は冷めません。ファイアマンズの選手達も割って入っています。
「さて、はやく帰りましょう。ここは寒いです」
 それでは、なおも乱闘が続く利根川河川敷グラウンドから、お別れ致します。
 ごきげんよう、さようなら。

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