130 97.08.24 「手持ち無沙汰の構図」

 てもちぶさた、を、てもちぶたさ、と、ついつい言い間違ってしまうひとは多いはず。はずです。はず、なのです。
 ま、オレひとりだけだっていいけどさ、そんな間抜けな奴はさ。いいよ、オレは。ぜんぜん気にしてないよ。気にして、ないから。さめざめ。はいはい、私はよく言い間違っちゃいますですよ。てもちぶたさ、と。
 ごぶさた、ちゃんと言えます。地獄のさた、これも言えます。だのに~な~ぜ~(な~ぜ~)、てもちぶさたと言えないのでしょう。私の言語中枢はどういうカラクリになっているのか、ぶたさになっちゃう。漢字だったら書けるんだけどなあ、手持ち無沙汰。
 口を開けば、ぶたさ。豚なのさ。
 ま、私の口癖はどうでもいいんですけどね。唐突ですが、手持ち無沙汰になったときに、大のオトコはなにゆえに、架空のグリーンめがけて架空のクラブを振ったり、架空のスタンドめがけて架空のホームランを打ったりするんでしょうか。架空のキャッチャーに向かって架空のボールを投げたりもしますね。いきなり振りかぶっちゃう。
 他人と雑談しながら、無意識にやってる。特に他愛ない立ち話のときに。
 自然に身体が動き出して、いつのまにかワインドアップモーション。フォークの握りなんかしちゃったりして。その間も世間話にはしっかり参加していて、「総務課のミキちゃん、結婚するんだってね」なんて言ってる。言いながら、片足を振り上げてフォークボール。
 畳んだ傘なんか持たせたら、とにかくスイングしますね、たいていのオトコは。ゴルフだったり野球だったり、はたまたポロだったりするんでしょうが、オトコのオトコノコの部分は、ただもうタマを打ちたいんですね、なんだかもう無性に。
 いろいろな精神状態がその根底に潜んでいるんでしょうが、ただ単にじっとしていることができないだけなんではないかという気はします。
 私が時々無意識にやっちゃうのはボウリングですね。右手の親指と中指と薬指を、こう立ててですね、架空の13ポンドのボールを抱えて直立してしまったりします。そろそろと左足から踏み出したりなんかしちゃう。右腕をうしろに振り上げながら「そりゃ笑っちゃうよな」なんて相槌打ったりして。雑談の相手も私の動きを意に介したりはせず、平然と「そうだろ」なんて言う。
 とにかくスポーツ。手持ち無沙汰だからといって、いきなりバタフライを始めたりともえ投げをしたりするひとはまだ目撃したことはありませんが、きっとそういうひともいるでしょう。しなった架空の釣竿を腰溜めに抱えて架空のリールを巻き上げるひとだっているはずです。雑談をこなしながら、無意識に。
 雑談の参加者がすべてそれを許容するというのがポイントです。誰かが何気なく目に見えないバットを振っていても気にもとめません。なんとも思わない。
 なぜだかスポーツ。架空のディスプレイに向かってマウスをぐりぐりするひとはいません。
 と、思っていました。ところが、そうではなかったのです。マウス男というものが出現したのです。訳すとネズミ男で、なんだか別のものになっちゃうので、翻訳してはいけません。マウス男はデザイナーで、聞けば、フォトショップを濫用する歳月を重ねた結果、職業病的に架空のマウスを操作するようになってしまったのでした。
 マウス男と話していると、どうも彼の右手の動きが気になってしかたがありません。手は常に架空のマウスを持ってます。架空のマウスパッドの上でぐりぐりと動きます。あまつさえ、時にはダブルクリックが入ります。
 ついつい、マウス男の右手ばかりに注目しちゃう。なにも雑談に集中してるわけじゃないんだけど、気が散ってしょうがない。
「ちょっと、それ、なんとかなんない?」
 無礼を承知であえて申し述べると、マウス男は困ってしまいました。
「あ。やっぱり気になる? ごめん。ついやっちゃうんだよ。治んないんだよ。悪かったよ。これからは気をつけるから、許してくれよ」
 そ、そうか。しかしそんなに謝られると、かえってこちらが恐縮しちゃう。
「ひとを不快にするのはわかってるんだよ。いやいや、そんな気休めはやめてくれ。この癖のお蔭で、おれは二回も結婚を逃したんだ。婚約破棄よ。どうしてもその癖が我慢できない、なんて言われて」
 マウス男は次第に悲観の度を高めていくのでした。私としては、慰めざるをえません。
「そういうときは、素振りだよ。こう、バット構えてさ」
「野球は嫌いだ」
「じゃあ、ゴルフでもいいや。こう、三番アイアンをさ」
「スポーツは嫌いだ」
 どうすりゃいいのよ、オレ。
 スポーツ嫌いなオトコっているんだよなあ、わりと。そういうひとにとって、あの無意識スイングはどのように映ってるんだろう。
 マウス男の見解は単純明解でした。
「愚鈍だ」
 私はどうやら愚鈍だった模様です。

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