121 97.07.29 「花火果てた後」

 国道6号線が利根川を横断すると、そこは大利根橋である。
 まだ流行歌に唄われたことがないせいか、どうしても無名の感は否めない。無名とはいっても、大利根橋である。名前はあるのだが、無名である。路傍の名もない草花にオオイヌノフグリという意表をつく命名がなされているのと同じ理屈だ。名前はあるが、建設省関東地方建設局の方々くらいしかその名は知らない。毎日通勤に利用している私も、今日の今日まで知らなかった。思えば、私も罪作りだ。大利根橋にはたいへんな不義理を重ねてきたものだ。十数年も利用していたくせに、その名を覚えることはなかった。反省している。大利根橋よ、許してくれ。しかし君にも反省すべき点は多々あるように思う。もっとその名を主張してみてはどうか。秋元康に依頼して流行歌のタイトルと化す、という手法を私としては提案しておきたい。
 大利根橋は本日のラジオの交通情報において、その名を私に知らしめた。なんでも、橋の上で炎上している車両があって、渋滞を惹起しているというのだ。炎上とは、こりゃまた思い切った方法論に訴えたものだ。豪勢、この上ない。ミドルネイムが野次馬である私としては観にいかざるをえない。退社時間となるや、そそくさと帰宅の儀に及んだ。
 正確には、トレーラーが積載しているパワーショベルが炎上していた。私が目撃したのは、単なるスクラップと化した元パワーショベルを載せたまま停車しているトレーラーである。警察並びに消防関係者がその周囲で現場検証を行っており、一車線が完全に塞がれていた。反対車線における事件なのでこちらはさほどではないが、あちらの渋滞はかなり長く続いている模様であった。
 昨日だったら、もっと酷い渋滞を呈したに違いない。私はほっと胸を撫で下ろした。いや、べつになにも私の知ったことではなかったか。私は慌てて胸を撫で上げた。
 なにも、上げることはないが。
 昨夜は、渋滞を発生させてしかるべきイベントがあったのだ。
 花火大会である。ただの花火大会ではない。「第44回とりで利根川大花火」である。大利根橋のすぐ下流の河原で行われる。取手市における夏の一大イベントである。取手市には春の一大イベントも秋の一大イベントも、ましてや冬の一大イベントもないので、つまりは一年に一度の大騒ぎなのであった。今年はその前々日の土曜日に催されるはずだったが、荒天により昨日の月曜日に順延された。踏んだり蹴ったりというか目も当てられないというか、取手市の今後を暗示する痛恨事ではあった。
 それでも、私が取手市にわらじを脱いでいるのは事実である。一宿一飯の恩義がある。取手市の壊滅的な観光行政にいささかの寄与をなすべき用意がなくはないような気もする。このへん歯切れが悪いが、つまるところ花火を肴にビールを呑みに行っただけのことなので、少しばかり良心が咎めないではないのだ。理由はいつでも後からなすりつけるものである。
 帰宅したとたんに、どおおおん、という音を耳にして、うわあ花火だ花火だってんでふらふらと河原に誘われたのが、真相だ。花火の下でビール呑んだらさぞかしうまいだろうなあ、といったような短絡的反応の帰結に過ぎない。
 おめえは、ビールを呑めれば理由はなんでもいいのか。そういう声もあるだろう。
 いかにもそのとおりである。
 そのとおりではあるが、私の心は、傷つきやすい。糾弾などは、願わくばしないでいただければ幸いだ。馬鹿は馬鹿として、そっとしておいてほしい。
 実際には、それなりに花火を堪能した。
 昨今の花火は、球体からの脱却に活路を見出そうとしていることがわかった。ハート型や星型への挑戦が垣間見られた。一定の方向から眺めなければその真価を理解できない謎の光芒である。見る方向によってはただの直線に過ぎない野心作である。私の見る限り、星型というよりは、干上がった海岸で死にかけているヒトデのようであったが。
 試行錯誤はまだ続くのであろう。オフシーズンの花火師の皆様方の研鑽に期待したい。
 とはいっても、実際のところはどうなのだろう。花火師のオフシーズンは、日夜の研究開発に明け暮れる地道な日々なのか。私が個人的に知っている唯一の花火師は、花火を打ち上げていないときは神主をやっていたりするのだが。このひとは「え~、毎度馬鹿馬鹿しいお祓いを一席」と言っては、各所の地鎮祭で荒稼ぎしているのだ。実は本職が神主なので当然の行動なのだが。花火師が副業なのであった。
 なんにしろ、昨日の夜空には絢爛たる光芒絵巻が繰り広げられ、私は冷えたビールとともに満喫した。同じ空を背景に、大利根橋の欄干に寄り掛かりながら初めてのキスを交わした中学生がいたかもしれない。
 本日、そこでは警察関係者が現場検証を行っている。
 流行歌への道はまだまだ遠い。

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